2011年5月 3日 (火)

車内放送

5月1日13時から、長野駅前の会場で身内の会合を持った。
開始時刻を13時と決めたのは、名古屋駅発10時の中央西線特急が、長野駅へ12時53分に着くので、それに合わせて開始時刻を決めた。

名古屋駅を定刻10時に発車した電車が木曽福島駅を出てから間もなく、「只今、篠ノ井線は強風の為運転を見合わせています。」と車内放送があった。乗客の間に動揺が走ったが、比較的冷静だった。
木曽福島駅の次の停車駅は塩尻駅。そこで車掌の交代がある。

電車は松本駅を定刻に発車した後、「強風の為列車は西条駅に停車します」と車内放送があり、同駅に停車した。

ところがそれから先、風の状態や、普通電車の運休状態や、私たちの特急も何時になったら出発できるのやら全く車内放送がない。勿論電車の安全運転の必要であることは十分理解している心算だ。しかし車掌に聞きたくても、車内はさほど混んでもいないのに、全く廻って来ないので聞くことが出来ない。要はつんぼ桟敷に置かれたままだった。

或いは車掌にも情報が正確に齎されていなかったのかも知れないが、それならそれでその状況を適宜、乗客に知らせるべきではなかったか。

西条駅停車15分くらいした頃、電車のドアを開け運休で同駅にいた人たちを収容した後、発車し麻績駅を通過するまでノロノロ運転で走る。その間もその状況説明もなく、車掌は矢張り廻っても来ない。

電車は、麻績駅を通過してから本来の特急電車になったが、それに就いても車内放送がない。
長野駅に着く寸前になって「遅れて申し訳ありませんでした」の一言あっただけ。結果的には30分以上の遅れとなった。
民有化されても、まだまだお役所的な雰囲気が抜けきらないのだろうか。

因に翌日の信濃毎日新聞によると
「日本海東北東に進む低気圧に南から空気が流れ込んだ影響で、1日の県内は各地で強い風が吹いた。長野地方気象台は同日、県内全域に強風注意報を出した。同気象台によると、最大瞬間風速は松本で18.8㍍、長野で16.2㍍。注意報は同夜、解除した。
JR篠ノ井線は午前11時18分頃、東筑摩郡坂北村の西条駅の風速計が規制値を超えたため、西条ー坂北間で上下の特急と普通列車計5本が運転を見合わせ、最大で約50分の遅れが出た。」とある。

余談ながら翌日の長野地方の黄砂は酷く、周囲の山々は全く見えなかった。

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2006年8月31日 (木)

創業の精神

世界最大の総合精密測定器メーカーである「ミツトヨ」の不祥事が問題になっている。

「ミツトヨ」の前身「三豊製作所」の「五十年史」(昭和60年(1985)7月刊)に依ると、同社は沼田恵範氏によって創業された。氏の生家は浄土真宗本願寺派の浄蓮寺であると言う。氏は敬虔な仏教徒であり、会社経営に親鸞の教えを織り込んでいた事でも知られている。
自分自身を深く見つめる事。物欲に流されることなく人間として一番大切なものは何かを問いかけ、その大切なもの(心)を忘れずに生きていく事の必要性」を社員に問いかけていたに相違ない。
氏が生まれた明治30年(1897)には、時代を象徴するいくつかの出来事があった。八幡製鉄所開業(生産は34年から)、金本位制の施行等々、日清戦争後の日本が本格的な資本主義経済の歩みを開始した時でもある。
氏が「三豊製作所」の前身とも言うべき研究所を開設したのは、昭和9年(1934)のことで、社名を「三豊製作所」に変更したのは昭和11年(1936)、以来営々とした努力の結果が精密測定器メーカー「ミツトヨ」として知られるようになった。

この間、世界各地に工場展開をし業容拡大を図り、片山準三社長(一口に海兵と言っても戦時中の大量入学時代とは違って、文字通り全国から俊才をより抜いた時代に海兵にトップ成績で入学したが、同校の気風が気に入らず半年で退学し、翌年一高に入りなおした経歴を持つ)時代に、社訓として「誠実・深慮・敢闘」を制定した。一方、沼田氏は究極的な目的である仏教伝道事業にも注力し「仏教伝道協会」の設立を始め、仏教聖典の頒布、仏教伝道文化賞(受賞者の中には、丹羽文雄・武田泰淳・井上靖・黛敏郎・土門拳・平山郁夫氏等が名を連ねている)等の文化活動も積極的に進めていた。

ミツトヨの経営目的は他社のそれと比べて見ると一種独特な感もあるが、YKKの「善の循環」とも一種共通したものがある。この創業者の精神や、途中から制定した社訓が、其の後何代かの経営者に、どのように受け継がれてきたのであろうか。仏教伝道事業と会社経営とのバランス等の問題をどのように理解し会社運営に当たってきたのであろうか、その間の事情は知らないが、1992年11月に赤字転落。そして最近の不祥事である。

これは、「ミツトヨ」に限った問題ではないと思う。世の中には創業の精神や、社訓などに盛られた精神を忘れ、利益追求型に走る企業が後を絶たない。以って他山の石とすべき問題であろう。

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2006年8月22日 (火)

企業体質

偶々、変人キャズさんの記事を覗いたら、「感度の有無(6) O鉄・バス」があった。私にも似通った経験が在るので、参考に書いてみる。

8月12日靜岡へ行った。靜岡と言っても殆ど清水に近い場所だった。そこで会合が終って静岡駅行きのS鉄バスを待っていた。20分位待って漸くバスが来た。私たちのグループに80歳を越したTさんという女性がいた。生来の弱視の上、足が不自由なので杖を何時も突いていたし、女性の誰かが何時も付き添っていた。

午後6時頃だったろうかバスは割合空いていた。同行の内二人が先ず乗り、Tさんが乗ろうとした時に何かに躓いて倒れた。傍に居た人達も手伝ってTさんを助けて乗せようと多少手間取った。
その時運転手がドアを閉めた。
私は驚いてバスの窓を叩いてまだ乗車していない客のある事を声高に告げた。ドアが再び開けられ漸く乗車し、全員腰掛けられて静岡駅まで行った。幸いTさんは怪我もなくてほっとした。
運転手は乗車口に乗り残し客が居ないことを確認してドアを閉めるのが当然だし、安全運転の為の必須条件である筈だ。その上にバックミラーを見ていて、人の倒れたのが判った筈だ。普通だったら、「お怪我はなかったですか」くらいの事を言っても当然だ。それだけでなく、乗客の一人がバスが別の停留所で停車し動き出そうとした時、お札を硬貨に交換していたら「動いている時に立たないで」と車中に聞えるような声で怒鳴った。サービス精神のかけらも感じなかった。

何度かこのS鉄バスには乗っているが、今回の運転手に限らず、全員とは言わないにしても、このバスの運転手のマナーの悪さは他地方から来ると極めて異常に感じる。城下町だからもっとしっくりした雰囲気があっても良さそうだし、元々はサービス業であることを忘れているのではないか。

このような運転手を雇っている企業の体質を垣間見る感じがする。

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