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2016年8月31日 (水)

消えゆく平和の調べ

八月は六日九日十五日

などと言われて、太平洋戦争を経験した人にとって又、言い伝えられている戦禍に就いて聞いている人にとっても、あの六日、九日、十五日の各サイレンに合わせ黙祷する時は粛然と襟を正す。

8月終戦記念日の直前の8月13日に、中日新聞に「消えゆく平和の調べ」という記事が載った。内容は、ヤマハが開発した「ミュージックサイレン」に就いてである。

一部記事を引用すると『戦争直後、ヤマハ(浜松市)は人々の心を和ませようと名曲の優しいメロディーで時を告げる「ミュージックサイレン」を独自に開発した。平和な時代が訪れた事を伝える戦後復興の調べだったが、生産は18年前に終了し、今も残るのは全国でわずかに9台。修理の対応も今月末で終り、機械が故障すれば聴けなくなってしまう可能性が高い。戦争の記憶を刻む音色は、消滅の危機にある。』
とあって、ミュージックサイレン開発の由来とその役割に就いて詳細に記録されている。

浜松市は戦時中は、爆撃や艦砲射撃にあって壊滅状態に近かった。
それだけに戦後になっても、工場の始業や終業を知らせる戦時中と同じサイレン音は、(あの戦時中の米軍機の空襲、艦砲射撃の都度鳴らされた)、不気味な「警戒警報」や「空襲警報」のサイレンの音を思い出させた。

あの不気味な音を、サイレンの特質を生かして、美しい音曲を奏でるサイレンに出来ないかと「ヤマハ」の前身である「日本楽器製造」の当時の会長であった、故川上嘉市氏の発案で開発されたのが、このミュージックサイレンである。

名曲を奏でるミュージックサイレンの大きな音量は、ただに時を告げるに止まらずPR効果も抜群とあって、一市に1台という方針で販売されて北は北海道から南は沖縄までも据えられたと聞く。
今、時の移ろいと共に前述の中日新聞の記事のような経過を辿っているが、同記事の中に三重県伊賀市のサイレンの継続に就いての感動的な記事があり、ミュージックサイレン開発当時の関係者に多大な感動を齎している。

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2016年8月 2日 (火)

花火

俳人協会・俳句文学館発行、平成28年8月のカレンダーに、俳誌「馬醉木」名誉主宰である水原春郎氏の俳句が掲載されている。清水節子氏の解説文がある。

 天上に君あり地には大花火  水原春郎

2808_11_2   『「自註 ・水原春郎集」に所収。平成16年作。

「伊豆高原の花火大会。榮之君が元気の時はいつも一緒で楽しかった。天上から見ているに違いない」と作者の言葉が添えられている。「天上の君」は「馬醉木」德田千鶴子主宰のご夫君である。

 「天上に君あり」と言い切った勁い措辞には、作者の「天上の君」への深い思いが溢れている。
 「天上から見ているに違いない」と述べておられる作者は、花火の打ち揚がる瞬間、天上へ呼び掛けておられるのかもしれない。

 大空に開く花火を見上げておられる作者の胸臆には、「天上の君」と一緒に過ごした遠い日が去来しているのであろう。

 「天上に君あり」の心情的な表情に対し、「地には大花火」の大胆な結びが印象的で、心を惹かれる一句である。(清水 節子) 』


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