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2016年1月29日 (金)

唐寺

俳人協会・俳句文学館発行、平成28年1月号の俳句カレンダーに有馬朗人氏の俳句が掲載されている。宮田カイ子氏の解説文がある。

     唐寺の紅を濃くして初茜  有馬朗人
  
28011_2 『長崎で有名な出島や唐人屋敷が出来るまでは交流が盛んで、6人に1人が中国人だったという。
 興福寺は元和6(1620)年に創建された我が国最古の黄檗禅寺で、隠元豆で有名な隠元禅師は同寺の三代目。山門は朱色に塗られ、扁額は隠元禅師の手によるもの。
 私たちが子供の頃は、「アカデラ」と呼んで遊んでいた。境内には媽祖堂や鐘鼓楼などがあり、重要文化財としての威容を見せている。また斎藤茂吉の歌碑、有馬朗人、森澄雄の句碑が建っている。
 掲句は元日の朝の茜色に染まった朱の山門が、より紅を濃くして威厳を保ちつつ淑気を醸しているというものである。
 中国では慶びの色は朱色である。元宵祭では街全体がランタンで埋まり中華街も賑わう。
 朗人師も何回か来崎され、あちこちご案内させて頂いたが、その度に観照の深さと詩的直観に富む根源的な瑞々しい句を詠まれた。
 この句も、かつて中国にお住まいになったことのある、師ならではの唐寺を詠まれている。
 因みに興福寺の句碑は〈長崎の坂動き出す三日かな〉(平成11年)である。(宮田カイ子) 』

このような歴史的建造物やその歴史、そして有馬朗人氏の俳句もはじめて知った。

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