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2013年12月27日 (金)

句集「方今」

俳誌「白魚火(しらをび)」の同人である、村上尚子さんから句集「方今(ほうこん)」を頂いた。

Photo 著者の「あとがき」に依ると概要、「子育てが終った頃より近くの小児科医院に勤め始め、休日には山歩きを楽しみ、同時に中途半端だった書道のお稽古に通った。
 あるとき書道の先生から俳句結社「木語」に誘われ軽い気持で入会し俳句を楽しんだが、突然「木語」終刊の報に接した1年前に「白魚火」にも入会していたので救われた。

父は書道と漢詩、叔父は短歌をしておったが私には無関係のものだった。母が亡くなって50年以上経ち、母が知らない世界を詠み続けて21年が過ぎた。

句集名の「方今」は「このような歳月の流れのなかに、今の私が居る」という気持で命名しました。」とある。

句集は、桜(H5~11)、花氷(H12~16)、流燈会(H17~19)、深雪晴(H20~22)、日脚伸ぶ(H23~25)

各章からなっている。

 白魚火俳句のモットーは「足もて作る」で、この句集もそれを地で行っている感がある。

日常ごくありふれた景を取り上げながら、その中に常に新しい視点があり、新しい発見があり、一読判り易いのに深みがある。

 厄除の鈴のよく鳴る芒種かな

 コスモスを挿し小児科の月曜日

 行き帰り見て朝市のりんご買ふ

 春の宵舌に溶けゆく吉野葛

 ごきぶりを叩く電光石火かな

 ケルン積む祈り小さき声にして

 松脂の滴る榾を裏返す

 ひとり来て前もうしろも冬木立

 酢茎売明日の天気を言ひにけり

 堰を越す水は一枚朝ざくら

 十個ほど風鈴鳴らしみて買はず

 朝露を来て讃美歌に声合はす

 風紋を踏みてつゆけき靴の先

 水平線は空の始まり鳥渡る

 猪の肝抜く土間の荒筵

 声といふ大きな力大根抜く

 短日や洗ひて軋む黄八丈

 かげろふに立て掛けてある竹箒

 登りきて万緑へ声放ちけり

 川音の日暮れて高し洗鯉

 もう着ぬと決めし水着を捨てられず

 山茶花や町内にまだ知らぬ道

 落葉松も樅もまつすぐささめ雪

 拭きながら下りる階段日脚伸ぶ

どの句を取ってみても全く経験のない景はない。しかしそれがこのような視点で捉えて秀句になる。手練の技と言うものか。

 よその子を借りて見にゆく祭かな

 満月を上げ鐘楼の鬼瓦

 くきくきと曲る木道鴨の声

 頂は山の地境朴の花

 去ぬ燕河口に高さ定めつつ

 山の日を引つ張り合うて柿熟るる

 凩の山総立ちとなりにけり

 天辺に声忘れきし初雲雀

 青梅雨や経典傾ぐまで積まれ 

 噴水の力抜きたる高さかな

 懸大根浅間小浅間晴れ渡り

 送り梅雨遠流の島を隔てけり

 水打つてより表具師の顔となる

 白樺の幹に日のある深雪晴

 向き変へしとき引鶴を思ひけり

 息ひとつ吐きて泰山木開く

 仰がれてみな八月の木となりぬ

 降つてきし星は聖樹にとどまりぬ

感性と表現力とが相俟って平凡な景が、非凡な景として見事に浮き彫りになる。俳句は五感で感じたものを文字によって表現する。どの句も焦点がしっかり定まっていて見事に表現されている。

 母の忌の近付く春の障子かな

 夕風やこつんと父の衣紋竹

 父の墓訪うて茶の花日和かな

 風入れて父亡きあとの月日過ぐ

 夫がゐて子がゐて今日の月祀る

 ちちははの声乗せてきし落葉かな

 柚子風呂や母になかりし日を重ね

 数の子を噛み子の齢わが齢

親子夫婦の情愛がしみじみ感じられる。

象で行く道の起伏や青芭蕉

明易し太極拳の端につき

竹竿に揺るる夜店のチマチョゴリ

無造作に三毛作といふ青田

炎昼や大雁塔の傾きぬ

海外詠は一般に難かしいと言われるが、すんなりと詠いこんでいて情景が目に見えるようだ。勿論、国内の吟行は精力的にこなされているのは言を俟たない。

 全体的に見慣れた身辺詠から海外詠まで含めて、判り易い上にどの句も光っている。俳句が好きでたまらない尚子さんが見えるようだ。

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2013年12月18日 (水)

道しるべ

俳人協会・俳句文学館発行、平成25年12月の俳句カレンダーに鷹羽狩行氏の一句が掲載されている。
鶴岡 加苗氏の解説文がある。

  枯野ゆく一番星を道しるべ   鷹羽狩行

25121_2  読み手が情景を思い浮かべているうちに、作者の「枯野」へと自然にいざなわれていくような、静かながらも強い求心力をもつ一句である。平成21年作。22年刊『十六夜』の掉尾を飾った。

 「一番星」とは何の象徴だろう。それを考えるとき、「狩」同人会長である山口速の〈なほ遠く往けと枯野の道しるべ〉を思い出さないわけにはいかない。
 昭和55年の作であるが平成20年、狩30周年の同人アンケートにおいて、「残したい狩の一句」ベスト3に選出された句でもある。

 掲句にはこの秀吟に対する相聞の意も含まれていると思う。もちろん狩行にとっての「一番星」は、師と仰いだ誓子であり不死男であろう。

狩主宰の現在は、弟子にとっての自身である。そして願わくは、速をはじめとする門弟一人ひとりが、「一番星として輝けよ」との思いも込められている...とすると、偏った鑑賞に陥るだろうか。
 どこまでも続く枯野行である。今年10月、「狩」は創刊35周年を迎えた。(鶴岡 加苗)

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