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2013年10月 3日 (木)

続、変貌する台地

私の住んでいる台地が大きく変貌している。戦時中は高射砲連隊があった所とか。戦後は開拓地として開放された土地だったと土地の古老は言う。

今から40数年前に私たちが此処へ移ってきた時には、周囲には数えるほどの家しかなかった。それも殆どが平屋だった。未舗装の道路、掘り抜き井戸、LPガスボンベ、そして汲み取り式のトイレが多かった。しかしそんな中で、年に一度は隣保が寄り集まって交流を深めたし、そんな機会を利用して新しい入居者の紹介などもあった。

それが今の台地街になった。つれて道路・水道・市ガス・下水道等も完備されるようになった。今はマンションや個人住宅の建設ラッシュだ。地震や津波の想定高さ等が発表されてから急に変ってきたように思うが因果関係は知らない。

昔からの家は勿論、つい最近までは個人住宅やマンションの周りには庭木や庭石などが置かれ、春ともなると木々の芽吹きが始まり日増しに緑色が広がり心が和んだ。然し車の保有台数が一家に数台の時代になると様相が一変する。庭木より駐車場が優先するようになった。マンションも周囲に木々を配したものは少なく専らコンクリートだけになった。

家自体の構造も変った。古くから日本の民家には風の通り道があった。北国は別として、日本の夏は蒸し暑い。兼好法師は日本の家の建て方は夏を旨とすべしと言っているように、嘗ての日本の民家は大きな屋根、深い庇、そして開放的空間があった。今は洋式建築が主体になって兼好法師も霞んでしまった。

生活様式をより快適に、より便利にと、人工的な様々の環境を作り上げてきて、それが逆に住み難い環境を齎しているのも見逃せない。それ以上に、環境が人間の心に及ぼす影響も大きい

人々は家に閉じこもりがちとなり、古き良き慣習も薄れつれて隣人同士の交流も少なくなった。権利ばかり主張して義務にはそっぽを向いていはしまいか失われて行くのは時代の必然とばかり言ってはおられない。昔に返せといっているのではない。少なくとももう少し心の通い合う環境にしたいものだと思っている。 

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コメント

本当に同感です。 と同時に私の意見を言わせて頂くなら、
社会をより快適に、より便利にと、人工的な様々の仕組みを作り上げてきて、それが逆に住み難い社会を齎しているのも見逃せない。それ以上に、社会が人間の心に及ぼす影響も大きい。

投稿: 変人キャズ | 2013年10月 4日 (金) 02時36分

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