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2013年8月15日 (木)

心に残る言葉

人は夫々「心に残る言葉」を持っている。
人夫々の生き方もあり、「心に残る言葉」も夫々であろう。ここに書いたのはその一部である。

今日は終戦(敗戦)日

心に残る言葉 (某)は作者不明又は忘却

・「貴方は勝つものと思ってゐましたか」と老いたる妻の淋しげに言ふ(土岐善麿/終戦を詠って)

・天地(あめつち)の中に我あり、一人あり(吉川 英治)

・年をとる事はいい事だ、とってみないとわからない世界が開けてゆく坂村 真民)

・自から淋しくもあるか夕暮れて雲は大きく谷に沈みぬ(斉藤 茂吉/箱根で)

・一流人とは、一流になっても一流の努力を続けられる人である(某)

・自分の無知を知らないのは、無知より更に劣る(トルーマン)

・才能のある人は自分の努力の尊さを知っている(某)

・花を支える枝、枝を支える幹、幹を支える根、根はみえねんだなあ(みつを)

・つまづいたっていいじゃないか にんげんだもの(みつを)

・歩くから道になる 歩かなければ草が生える(みつを)

・考えてばかりいると日が暮れちゃうよ(みつを)

・体験してはじめて身につくんだなあ(みつを)

・明日は新しい日(Tomorrow is another day.)(某)

・「父の誕生から末孫の誕生までの百年が、この日没で終わった。電気も水道も無かった家に車が備わった百年。両親や私が懸命に生き、多くの素晴らしい人達との出会いに恵まれた世紀は、この日没で終わる。」(2000/12/31の日没を、太平洋上に見送って(畏友:Y氏

・青春「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。

逞しき意志、優れた創造力、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心、こういう様相を青春と言うのだ。

   年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いが来る。歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。・・・・・

     人は信念と共に若く 疑念と共に老ゆる

     人は自信と共に若く 恐怖と共に老ゆる

     希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる」 (サムエル・ウルマン/松永安左エ門訳)

・たどりつきふりかへりみればやまかはをこえてはこえてきつるものかな(河上 肇)

・人生の短さについて(セネカ/茂手木元蔵訳)

  われわれは短い時間をもっているのではなく、実はその多くを浪費しているのである。

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2013年8月 8日 (木)

懐かしき同士達

暦の上では昨日(7日)が立秋。しかし、このところ猛暑の毎日が続いていて実感としての秋はまだまだ先にある。

そんな今日、思いがけず昔の同士A氏より一通の手紙が送られてきた。

『この度、高雄山葉の写真をめくっていたら、苦労をともにした仲間全員の写真が目にとまったので、「思い出」として現代風にアレンジして見ました。
写真を見て少しでも当時を懐かしく思って頂ければ幸いに思います。』との書面に添えて一枚の写真が添えられていた。

昭和46年7月7日に撮ったもので、エレクトーン生産に関わった幹部同士が顔を並べている。

当時Y社は台湾の高雄に工場を持ち、エレクトーンの部品である「束線」を作っていた。
何事によらず新たに仕事を始める時には、予想もしなかった困難が付きまとうものである。況して外国で言葉や慣習や価値観を異にする人たちに仕事を教え指導するのは大変なことで、本社から見れば出来て当たり前と言った気分の中で現地に派遣された人達の苦労は大変だっただろう。

あれから42年。あっというまに経過した。あの当時の写真が今、目の前にある。懐旧の念一入である。
当時は高度成長の真只中にあった。外地各地に工場が建設された。企業戦士たちにとっては腕の振るい場であったと共に苦労が付きまとった。海外出張が多かったことも頷ける。

今、当時の写真を目の前にすると、当時の光景が髣髴と眼前に浮かび上がる。
人生は出会い」である。写真の人々も私にとっては大切な同士達であり、その出会いをこれからも大切にして行きたい。

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2013年8月 5日 (月)

ひぐらし

8月の信州の山へ行くと、もう蜩が鳴いている。
懐かしい「故郷のこゑ」でもあるが蜩の声は淋しい。特に人生の終盤を迎えている者達にとっては色々のことを思い出させて一種の哀愁を誘う。

俳人協会・俳句文学館発行、平成25年8月の俳句カレンダーに、辻田克巳氏の句が掲載されている。小松生長氏の解説文がある。

  ひぐらしの鳴く方へ椅子向けてあり  辻田克巳

25081初学の頃、幸運にも師の伊根の山荘での鍛練会に浴したことがあった。
 句もできぬまま悶悶とゴロ寝。眠られぬままに朝ひぐらしの声を聞き、この句を思い浮かべた。 しかしその当時には、まだこの句の深い意味を読みとることができなかった。実はこの句には先行句がある。
 昭和52年、師である不死男を失った深い悲しみや不安を詠んだ
 ひぐらしの高き木ばかり不死男亡し
という句だ。その後昭和55年にこの句が生まれた。
 年を重ねた今では、この句が師を亡くしながらも俳句の道を刻苦勉励しようとする決意や覚悟だったことがよく分かる。
 爾来、幾星霜を閲しただろうか。現在師は82歳になられた。しかしこの句は古びることなく今も息づいていて、読者にはあらたに声高な夕ひぐらしが聞こえてくるのではないだろうか。
 人生はまさに終盤。今なお俳句に真摯に立ち向かおうとする師の姿が目に浮かんできて、ただただ敬服するばかりだ。(小松 生長)』

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