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2012年12月 4日 (火)

鴨たつや

俳人協会・俳句文学館発行、平成24年12月の俳句カレンダーに有馬朗人氏の一句が掲載されている。

 鴨たつや影より己ひきちぎ  有馬 朗人

24121_2 和久田隆子氏の解説文がある。

『句集『耳順』所収。昭和62年の作。
 初鴨の浜名湖にご案内した折の、目の前で写生の真髄をご教示頂いたような句である。
 車を降りた先生は、ためらうことなく水際まで足を運ばれ、鴨たちを眺めた。温暖な土地とはいえ、冬の湖風はきつい。コートも羽織らず寒風に佇むその背に、一種の近づき難い気迫を感じた。
 同時作に〈鴨すべる己の影をぶらさげて〉があり、いずれも鴨の影に視点を置かれている。水に浮かぶ鴨は、当然その影を投影している。が、その当然を当然としない視線が凄い。それは作者の深い観察力と精神の在り処で、紛れもなく科学者としての洞察力に繋がる視線に他ならない。 当たり前のものから、当たり前でないものを見出す眼を持ち、当たり前の言葉で表現し、新たな感動を呼び起こす
 対象の凝視から発見に至る大事を教えられた、忘れ得ぬ一句である。(和久田隆子)』

浜松には浜名湖のみならず、佐鳴湖や天竜川をはじめあちこちの川などへも毎年鴨が渡って来る。
 芭蕉に 海暮れて鴨の声ほのかに白し
 丈草に 水底を見て来た顔の小鴨かな
 許六に 明方や城をとりまく鴨の声
がある。
鴨は身近に感じる鳥である。

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2012年12月 2日 (日)

人生は道連れ

毎週日曜日の朝、NHKラジオ第2放送で文化講演会の放送があり、今は塩田丸男氏の「生は道連れ」が13回に渉って放送されている。
塩田氏は、1924(大正13)年、山口県生まれ、88歳。読売新聞の記者を経て、作家として独立、俳句にも親しみ、新聞や雑誌の俳句選者も務める。

『江戸いろはかるたにも登場する「旅は道連れ、世は情」という言葉は古くから伝わることわざです。一人では何かと不安な旅も、同行者がいれば互いに助け合って、心強く過ごすことができるという意味だが、人が生きる「人生」も大きな旅といえるのではないか?そして、この大きな、またかけがえのない重要な旅を無事に過ごすためには、それこそ「道連れ」はなくてはならないものではないでしょうか?
人生の道連れといえば、まず思い浮かべるのが夫婦です。これほど強固な、互いの助けになる道連れはないでしょう。しかしそれ以外にも、両親や友人、恩師など、人生には多くの様々な道連れがあり、それぞれに重い役目を持っています。
今回は88歳を迎えた塩田氏が、戦前から戦後へと生き抜いて来た人生を振り返ります。そして、その長い旅路で見た人間の生と死、そうした多くの道連れとの心の交流を通して、生きる楽しみや心の持ち様を考えたい。』と、ネット上に記されている。

今までの放送の中でも
 ・「夫婦」=人生の最も長い道連れ
 ・「俳句」=自身を物知りにしてくれる道連れ
等々が過去8回に渉って放送されている。

人は一人では生きられない。長い人生の内には色々な出会いがあり、道連れが生まれる。氏の話には笑いがあり、ペーソスがあり、非常に楽しい。
そして今日(12/2)は、その第9回目で「道連れにしたくない人々」が放送された。
「人並み外れた負けん気の強い人」を例にとってユーモアたっぷりに、聞いていて楽しくなる。

その放送を聞いていて思い出したことがある。去年友人のK君から聞いた話である。

K君は売上高、年数千億円の世界企業であるY社の生産技術部門を統括した人。
定年後も技術顧問として同社に残っていたが、その間、Y社とは業種も違い、利害関係もないT社(現S社)のオーナーからの再三に渉るT社経営の要請に応じ、T社の経営を引き受けた。
T社(当時の資本金1億1000万円)は倒産寸前の状態だったが、K君は持ち前の辣腕を振るって同社を再建し、莫大な負債を完済し、優良会社に蘇生させた実績を持っている。

そのK君がある会合に出たら、良く知っているJという男に久しぶりに会った。
JがK君に話しかけてきた。「俺はN日産(註:日産自動車のローカル販売会社)で取締役になった」と30年も前のことを誇らしげに言った。
K君から見たらN日産などは、芥子粒ほどの会社でしかない。それも聞いてみたらJは定年より5,6年前に退社したという。
JはN日産でも人との関係から、塩を撒かれるように退社したということを後から聞いた。

今朝の塩田氏の講演を聞いていて、Jのような男は「道連れにしたくない人々」の内の一人だと思った。

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