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2012年9月27日 (木)

折鶴

浜松市の奥山に臨済宗大本山方広寺がある。
遠州地方を中心に末寺170寺を持つ臨済宗方広寺派の拠点である。

此処で毎年9月に「奥山方広寺観月の夕べ俳句大会」が開催され今年で6回目になる。このところ「天為」の有馬朗人主宰の講演があり、今年も「中国からきた季語」と題する講演があった。その講演が終ると暫時休憩があってその後俳句大会に移る。

休憩時間中に「白魚火」の仁尾正文主宰が、私の句友であるT君を探していると聞いた。暫くして戻って来たT君にその旨を伝えた。彼は直ぐにそちらへ行き、ややあって戻って来た。

話の内容を聞いてみたら、彼の投句した、
   折鶴の折り目の尖る原爆忌
が、「椎」の九鬼あきゑ主宰の特選に入っていて、九鬼主宰がその作者に会いたいと仁尾主宰に伝えたのが事の次第。

彼の話では、九鬼主宰が、この作品の作者をご自身の眼で確認したかっただけではないかと思ったので、前に宮島へ行く途中、広島の原爆ドームへ寄ったこと、その後も2回ほど原爆忌に合わせて広島へ行ったことなど2,3分立ち話を交わしたという。

私は、「九鬼主宰は自分が採った句に就いて、その作者の意図に就いて少し聞きたかったのではないか」とT君に言った。
T君は、「そうかも知れないが短時間だからどこまで句意に付いて話が出来るかな」と言ったあと、「そうかもしれないな、せめて折鶴の表情から享ける印象、特に折り目の表現と原爆忌との関係に就いて多少の意見を交わすべきだったかな」と言った。

本論から少し外れるが、
本来、鶴はめでたいものとされ、鶴の折り方にもめでたい鶴を際立たせる折り方がある。しかし千羽鶴に使われる鶴の折り方が一般的には知られていて、特に広島の原爆被災者である一女性が必死になって千羽鶴を折った事から平和のシンボルにもなっている。

余談だが私の旧友Y君(国立大名誉教授)から聞いた「ドイツ降伏後の広島原爆投下の前に、ハイゼンベルグからの仁科氏宛他に嵯峨根氏宛もの手紙が、米軍機により広島に投下された。」という事実を反芻する。若しその時点で日本が降伏していたらこんな悲劇は起こらなかったであろうというのは、当時の情勢を知らない者の言で、玉音放送を奪ってまでも本土決戦を叫んでいた先鋭激情軍人群のいたことを思うと身の毛がよだつ。

本論に戻るが、
原爆から享けるイメージの刺々しさを、折鶴の折り目に託して、T君はこの句を作ったという。
この鶴は悲しみとも祈りとも受け取られる鶴に思える。少なくとも翼を広げて大空に羽ばたく鶴ではない。
この句は取り合わせの俳句であるが、折鶴と原爆忌は近いのではないかと言う意見も出そうだが、私は適当な距離で、実感を伴うと感じている。

俳句は一旦発表されると作者の手元を離れて一人歩きする。
九鬼あきゑ主宰の講評に就いて、「私が意図していた内容より折り目の表現を含めて、遥かに深く掘り下げて解釈して下さったことに感謝したい」と、T君は語っていた。

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2012年9月 4日 (火)

敬老の日

今年も亦「敬老の日」がやってくる。
昔の祝日には、「父の日」も「母の日」も「敬老の日」もなかった。
ひねくれて考えれば「父の日」がなければ父の恩愛を、母の日がなければ母の慈愛を、敬老の日がなければ敬老の心もなくなってしまったか、薄れてしまったかとも思う。
この分だと、今後も「なんとかの日」が増えそうだ。

嘗ての日本では、二世代または三世代同居が一般的であり幸せな時代であった。
子供たちは年輪を積んだお年寄りから、生の声で昔話を聞いて、心の中に深く刻み込み、豊かな情操を育んでいった。
しかし少子高齢化と共に、核家族化が進む中で育った子は、そのような心の豊かさが次第に希薄になってきたのではないか。価値観も変ってきたのではないか。

昔は尊属殺人などは新聞の一面トップ記事だった。今は所謂三面記事扱いだ。背景には教育制度の改悪も大いに関与しているのは周知の事実である。

人は何れは年をとる。この世に生を享けた者の宿命である。年の取り方に個人差があるのは当然のことながら、肉体の衰えを感じ始めたときに「年齢」を意識する。

此処で、サミュエル・ウルマンの「青春の詩」を参考に引用する。

『青春とは人生の或る期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。

優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦却ける勇猛心、

安易を振り捨てる冒険心、こう言う様相を青春と言うのだ。

年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。

歳月は皮膚のしわを増すが、情熱を失う時に精神はしぼむ。

苦悶や、狐疑や、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年

月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。

年は七十であろうと、十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。

曰く驚異への愛慕心、空にきらめく星辰、その輝きにも似たる

事物や思想に対する欽仰、事に処する剛毅な挑戦、小児の如く

求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味。

  人は信念と共に若く 疑惑と共に老ゆる。

  人は自信と共に若く 失望と共に老ゆる。

  希望ある限り若く  失望と共に老い朽ちる。』

U誌に「小説・路傍の石」の一説と、米国の詩人ロングフェローの言葉が引用されているがウルマンの詩と基本的には同様である。

最近の「敬老の日」というと、
 
   来賓の祝辞ながなが敬老日

を思い出す。時は解散風が吹きまくっている。議員さん達は此処を先途と走り回ることが予想される。そんな敬老日は益々「敬老」の実質とかけ離れたものになり兼ねず軽薄な「敬老日」になることが予想され覚めた物を感じる。老人自身の自覚も必要なことは言うまでもない。
思い出したような一日だけの「敬老の日」ではなく常日頃の中にその精神を生かしていってもらいたいものだ。

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