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2012年5月 3日 (木)

原発問題に絡む或る交信

原発問題に絡む、友人からの所信に対する交信記録の一部から。

 『指摘されて始めて気づくのは感度の問題。最近感じるのは、政治の貧困とマスコミの堕落、そして我々国民全体の意識レベルの低さである。

今から800年ほど前、鴨長明は「方丈記」の中で元暦の大地震に付いて触れ「おびただしく大地震ふること侍りき、土裂けて、水湧き出で、巌割れて、谷にまろび入る。なれど月日かさなり年経し後は、ことばにかけて言ひ出づる人だになし」と、既にしてこの時代に災禍の教訓が生かされないことを嘆いている。

昔の小学校の教科書に「稻むらの火」という記事があった。今のような通信手段や警報やその伝達手段の発達していなかった時代、津波の来襲を村人に緊急に知らせる為に高台にあった庄屋さんが自分の稲むらに火をつけ、それを見た村人が庄屋さんの家が火事だと駆けつけたために村人の命を救ったという話である。その教訓は以後今日までどのように生かされてきたのだろうか。』

と、書いたがこれは、原発問題などない時代のこと。

今は原発問題が更に加わる。お恥ずかしいことながら、以前は私は根拠もなく原発の危険性をそれほど感じていなかった。

例えば日本の原発技術は世界でも最高水準にあると思っていた。それこそ根拠もなく。それが3.11があって他愛のない妄想だと知った。79年のスリーマイル島、86年のチェルノブイリ事故、特にチェルノブイリ事故があったとき、ソ連(ロシア)という国の体質を先の戦争を通して知った我々世代は、その体質と関連してあの国の原発技術はそんなものかと思った。日本では考えられないとも思った。それが間違っていた。

それにフランスなど地震や津波の起こる可能性の極めて少ない地方と同じ基盤に立って、日本の原発問題を論ずる愚かしさを知った。日本列島を取り巻く地形を考え、その上に建てられた原発を思うとフランスなどとは別の対策を建てなければならない。

北の、ならずもの国家が意図して一発打ってきたらなどと想うと、自然災害、人的・技術的事故それに破壊活動によるものも想定に入れると更に問題は深刻さを増す。

関与する機構やそれに人脈にも問題がある。

本質論を置き去りにして小手先の議論や、それに加わる御用学者等、先の戦争の主導者や大政翼賛会も思い出す。

傾きかけた会社の再建には根本的な解決方法は別としてまづ「出づるを制し、入るを計る」が原則。

一例だが、路傍の自販機など全廃すれば発電所の一つや二つ減らすことが出来ると私は以前から提唱しているが所詮は犬の遠吠え。関連企業の反対、それに利益代表議員が動く。車の性能が昔に比べ格段に向上しても、依然として2年に1回の車検。これも見直そうとすると同じく業者・議員の反対。

 自然エネルギーの取り込みによる発電など法整備も進まず、奨励策もお寒いもの。この道の先進国に学べばよいものを。

原発問題からは多少横道に逸れるが、議員定数の削減、鉄道フリーパスの全廃等自らの痛みに関係する所は知らぬ顔。今は選良などとは程遠い。業界や地域の利益代表だけで国家の為にとか、国民の皆様は言葉だけのもの。

  政治・財界・マスコミ等を含めて、今ほど本質的な改革を望まれる時はない。強烈なリーダーを望む時はない。日本には今、嘗ての中野正剛、イギリスのサッチャーのような鉄の意志を持った人材が何故出ないのだろう。これは国民全体の意識レベルの低さにもあることを認識しなければならない。

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