« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »

2012年2月29日 (水)

閏日に雪を思う

今日は閏日。一日得をしたと思う人もそうでない人もいると思う。
     一日を得せり閏二月尽
と、詠んだ俳人もいる。
当然明日からは3月になると言うのに、各地で大雪警報が発令されている。静岡県小山町にも大雪警報が出されている。

そう言えば浜松でも今年の2月2日は大雪だった。
浜松に住んでから半世紀以上も経っているのにこれほどの雪に会ったことはない。と言っても高々5、6cm程度のことだが。それでも車のスリップ事故がかなりあったと聞く。

豪雪地帯に住んでみないと雪の本当のご苦労は判らないが、TV等を見て推測は出来る。
私の生家は今の長野市だが、此処はそれほど雪は深くないが寒さは厳しい。

旧制中学に通っていた時分は「一茶の里」の柏原から汽車で通勤していた友もいた。あれからもう70年になる。当時の柏原は信越線で、長野から吉田、豊野、牟礼、古間、柏原と5駅北にあり、その地は日本でも有数の豪雪地帯で、一里一尺といって北へ1里行けば1尺雪が深くなると言われた。汽車通の友も大変だったと思うが、私のような自転車通も大変だった。

昔に比べると現在は雪が少なくなったようだ。当時は一夜明けたら30cm程積もっていたこともある。学校までは4km以上ある。今のような車社会ではないし、バスなど何本もない時代だったから朝早く出かけないと遅刻する。夜半に雪のひどく降った翌朝はいつもよりかなり早く家を出た。
その時間帯は工機部等に早出する人の踏んだ長靴の跡しかない。深さ30cmの雪道を、その踏み跡を辿って自転車で行くのは経験したものでないとわからない。市街に出る迄の約1kmは雪との悪戦苦闘だった。転んでは起き、起きては転び全身雪ダルマのようになってそれでも遅刻せずに学校まで辿り着いた。
辛いと思ったことはあるが、そのために休んだことはない。今とは交通事情も気象条件も変わっていたし何より、教育制度が違っていた。
昔に比べると物的環境は遥かによくなっている現在、単純に比較できる問題ではないが、登校拒否を始め色々考えさせられる問題が多い。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

自然愛

4月下旬から5月にかけてドイツへ出張したことがある。2、3日前には霙が降ったという。それから僅か一週間経ったら初夏のようになった。道路工事夫は半裸体で働いている。その傍らを毛皮のコートを着た女性が歩いている。何とも不思議な光景だが兎に角、冬から一足飛びに夏になった。

 メキシコへ行った時、飲み水は総て買っているのに驚いた。水道があっても飲めないのだ。

 それに引替え日本には、明確な四季美しい自然、そして清冽な水がある。こんな恵まれた自然の中にあって、最近の俳句や短歌は「ライト・バース」などと呼ばれ、目の前の日常ばかりを詠んでいるものが多い。もっと自然詠があっても良いのだが。

閏日の今朝、NHKの「朝いち」という番組を見ていたら、数奇な運命を辿ってきた、元英国の貴族出身である”ベネティアさん”が日本の自然を愛しながら暮らしている心温まる話を聞いた。何か通じるものがある。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2012年2月 1日 (水)

雪形

記録的な豪雪が北国を襲っている。暦の上では2月4日は立春であるが、勿論本当の春はまだまだ先のことである。

2月1日の静岡新聞に、本来は春も半ばに出る、残雪と岩肌で形作られる雪形(ゆきがた)と呼ばれる形が、1月31日に富士山に現われたと報ぜられた。

Photo_5

Photo_6

厳冬の富士に春の風物詩」として掲載されている。
1月31日、富士山に鳥が羽ばたくような残雪の模様が北西斜面の8合目付近に現れた。農作業を始める時期を告げる春の風物詩「農鳥」に似ているが厳冬期に見えるのは珍しい。

この雪形は本来は春に現れ、地元では「農鳥」と呼ばれて親しまれている雪形で、例年は雪解けの進む5月中旬から6月ごろに出現する。今年は積もっていた雪が強風で吹き飛ばされて「農鳥」のような形を現したという。

雪形の多くは、農事暦、自然暦として、田畑の仕事や漁を行う時期の目安に用いられてきた。 季節が移るに従い、雪形は姿をどんどん変えていく。この形になれば田植を行い、この形になれば豆を蒔き、など、農民は農作業の目安にした。

雪形には、農民になじみのものの形が見立てられていることが多い。 見立てられた形には、「種まき」「豆まき」「粟まき」「代掻き」「田打ち」などをしている人物や馬、牛、鳥など身近な動植物、文字、農具類等がある。

信州で見られる雪形で馴染みの深いのは、
  白馬岳の代馬(代掻き馬の岩肌)
  爺ケ岳の種まき爺さん(岩肌)
  五竜岳の武田菱(御菱)
等でよくその特徴を捉えたものと感心する。

本来の雪形の出るのはまだまだ先のことであるが、待春の情を掻き立ててくれる風物詩である。
私の生家は善光寺平をはさんで真向こうに菅平が見える。親父は菅平に現れる雪形を見て農事の判断をしていたことが思い出されて懐かしい。
   雪形に越中の農動き出す  釣   豊二
   一枚の餅のごとくに雪残る   川端 茅舎

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2012年1月 | トップページ | 2012年3月 »