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2012年1月12日 (木)

生涯の一句

石田波郷没後40年を記念して設立された「石田波郷俳句大会」が第3回を迎え、清瀬市で行われた。この大会は清瀬に縁の深い波郷の名を後世に伝え、また市民が俳句に親しむ豊かな町づくりを目指して平成21年より開催。全国より応募者があり盛況裡に終わった。

大会作品集の冒頭には、波郷のご子息である、石田修大(のぶお)氏が「生涯の一句」と題する一文を寄せている。
『………波郷の最初の師、五十崎古郷は30半ばで俳句を始め、「馬酔木」同人にもなった人だが、40歳で亡くなったため、2000余句の殆どは自らの句風を開くための習作に終わったという。だがそのなかの
    寝待月灯の色に似て出でにけり
一句だけで古郷俳句は朽ちないと、波郷は断言する。そして「俺には生涯の句があるだらうか」と独白するのである。
波郷の名を冠した清瀬の俳句大会も3回目を迎えた。縁あってこの大会に投句、入選された皆様には、ひきつづき俳句を作りつづけていただきたい。自分を偽らぬ俳句をつくりつづければ、いつかは生涯の一句を手にする幸せが得られる…はずだ。俳神の加護はなくとも、あの世の波郷が手を貸してくれるかもしれない。』
Photo
本大会より、石田修大著「我生きてこの句を成せり~石田波郷とその時代」(本阿弥書店刊)を頂いた。

本書の概要について、

目次から抜粋すると、『「馬酔木」の三羽烏/ 虚子・秋桜子それぞれの道/ 大友柳太郎の誘い/ 病古郷との俳句修行/ ”仮想敵手”草田男/ 馬酔木の若手 窓秋・竹秋子/…無季俳句に走る/ 友二・古郷ー出会いと別れ/辰之助去り「鶴」創刊/ 夜毎の新興俳句征伐/ 難解な人間探求派/ 「京大俳句」特高が急襲/ 囮にされた三鬼/ 「馬酔木」を去る楸邨・波郷/ 韻文精神 戦場に呻吟す/ それぞれの終戦/ 俳句復刊/百家争鳴/ 「第二芸術」の弔鐘を撞く/ 俳句で食えるか 協会設立/ 療養生活を詠う仲間たち/ 「馬酔木」復帰・30周年を祝す/ 生涯の一句』

といった内容が盛られていて興味深い。

波郷をとりまく俳句の黄金時代」について、
『私は、私の行く道はもうこの他にないと思った。新興俳句の開花期に、多くの新興俳句の担ひ手である友人たちと交はりつつただひとり伝統派にとどまって胸を張って拮抗し得たのは、この自負によったに他ならない。』と述べている。

戦前・戦中・戦後を通じて俳句はどんな経緯を辿ったか、どんな葛藤があったか。
戦中の特高の暗躍、戦後の所謂 桑原武夫による「第二芸術論」に就いての論争も興味深い。

戦後俳壇が漸く活動を再開しようとしていた、まさにその時期に外部から俳壇にポイと手榴弾のように投げ込まれたのが、いわゆる「第二芸術論」だった。
仏文学者・評論家の桑原武夫が雑誌「世界」に発表した「第二芸術ー現代俳句についてー」で、『俳句は菊作りのような消閑の具にすぎず、しいて芸術の名を要求するなら「第二芸術」と呼んで、他と区別するのがよい』と主張した。
「第二芸術論」に対して、俳壇の大勢は自省のきっかけと受け止め、桑原らとの激論には至らなかった。それだけ俳壇の懐が深いというより、底なし沼のような状態だったのかもしれない。

石田波郷を中心に纏められた本書の内容は、俳壇の趨勢と俳句内容の変遷をするのに適当な書と言える。

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