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2012年1月18日 (水)

職責

『イタリア中部沖のジリオ島付近で1月13日夜に起きた地中海クルーズ中の豪華客船コスタ・コンコルディア(乗客乗員4200人)の座礁事故。行方不明者が船内に取り残されていないか懸命の捜索は17日も続いた。最悪の場合は船が完全に沈没する恐れもあり、時間との闘いとなっている。一方船長の無責任な行動が次々と明らかになり、関係者の怒りを買っている。

フランチェスコ・スケッティーノ船長(52)は乗客より先にジリオ島に避難したとして過失致死容疑で検察当局に身柄を拘束された。(係官が「船に戻ってください」と言っても受け入れなかったとも言う。)船から救助信号が発せられたのは浸水開始から約1時間後。乗客の一人が家族に電話で伝え、通報を受けた管轄の港湾監督事務所が船に無線で問い合わせたが船長は「大丈夫だ」と繰り返し、中々救助信号を出そうとしなかったという。船長は乗客乗員の救出が続いているのに船から避難したという。』

勿論年代も環境や状況も違っているとはいうものの、私は一瞬嘗てのタイタニック遭難を連想した。そして我々の年代ですら記憶から忘れ去られようとしている「佐久間艇長」の話を思い出した。

佐久間艇長の話はwikipediaによると、
『日本海海戦を戦った、佐久間 勉は、1908年(明治41年)11月、第六潜水艇隊艇長を命ぜられた。
1910年(明治43年)4月15日、第六潜水艇は山口県新湊沖で半潜航訓練中に沈没、佐久間以下14名が殉職した。その際、ほぼ全員が持ち場を離れず死亡しており、持ち場以外にいた者も潜水艇の修繕にあたっていた
佐久間自身はガスが充満し死期の迫る中、明治天皇に対する潜水艇の喪失と部下の死を謝罪し、次にこの事故が潜水艇発展の妨げにならないことを願い、事故原因の分析を記した後、遺言を書いた。

この事故より先にイタリア海軍で似たような事故があった際、乗員が脱出用のハッチに折り重なったり、他人より先に脱出しようとして乱闘をしたまま死んでいる醜態を晒していた。』と、ある。

佐久間艇長は軍人であり、スケッティーノ船長は民間人という差はあるものの、職責遂行という観点から彼我の差は歴然としている。偶々此処に取り上げたのは船の事故または遭難に絡む職責の問題であるが勿論、業務等すべてに該当する問題である。

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