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2011年11月 1日 (火)

棚田

浜松市北区引佐町久留米木に美しい棚田がある。少し離れてはいるが愛知県鳳来町には千枚田があるが、自ずから風景そのものが趣を異にしている。Photo 取り入れの時期を若干過ぎたがそれでもまだ、稲架(はざ)もあるし脱穀をしている景が見られる。
Photo_2 まだ残っている稲架もあり、稲架棒も下の写真左のように昔ながらの木または竹もあり、写真右のように専用の金属製の物もある。
Photo_3 Photo_4
此処でNさんに会った。初対面である。言葉を交わしたらそれから色々と話して頂いた。脱穀風景の写真はNさんの田圃での風景で、Nさんも年齢から若い人に頼んで脱穀をしているという。

Nさんは昭和23年からこの棚田を守り続けて現在に到っている。地域も共鳴して今は棚田を守る運動が展開されている。
Nさんは経歴から言っても比較的大きな田圃を持っている。全部で15の田圃で3反歩(900坪)というから平均60坪になり、この棚田では最も大きな棚田の所有者で、他は殆どそれ以下の田圃だという。
苗代から始めて、草刈、畦叩き、畦塗り、または青草刈(この草は田の中に梳きこんで肥料にした)、また馬の肥を田に梳き込んだりして肥料としたものだという。今は化学肥料が主体になったが、当時の田圃の土は今より随分軽かったと語る。
三本鍬で春田打ち、平鍬で代掻き、大足でならし、田植え、夏の炎暑の中3番草まで田の草取り、その間手鎌での畦草刈り、水の管理、稲刈り等々は殆ど人力に頼った。取り入れの済んだ籾は背負子で家まで背負った。荷車が出来、牛を使い、今は車時代になってそんな苦労ももう昔話。

最近は猪の被害が続出したので棚田全体を電線垣を結った為、その被害が無くなり安心して稲作が出来るようになった。
配合肥料が出るようになっても、夫々値段と相談して作る時代になった。
農作業も機械化が進み、棚田に合った農具を入れて、今では昔の苦労が忘れ去られつつある。

今はお天気だけを案じている。棚田に携わって60年。作り方や人は変わっても変わらないのは、「水」だけ。こんこんと湧き出ている澄んだ水に感謝しながら棚田を離れないと語った。

帰りに、そのNさんの丹精込めた米を買ってきた。味はこれからだが楽しみだ。

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