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2011年11月30日 (水)

自註句集「青木華都子集」

俳誌・白魚火(しらをび)副主宰である青木華都子さんから、句集「青木華都子集」(自註現代俳句シリーズ・1150、俳人協会刊)を頂いた。

Photo 著者の「あとがき」に、『この自註句集は昭和58年から平成22年までの作品から300句抄出した。縁あって「白魚火」に入会した時期と栃木県日・韓女性親善協会を設立した時期と同じ年であり感慨深く、私の第二句集にも記したが「二兎を追うものは一兎をも得ず」と言われるが、あえて二兎を追うことにした。そのことにより新たな緊張感が私の気持をかき立てたのである。家族のこと、誌友のこと、韓国のことなど今まで歩んで来た、さまざまな思い出がほうふつとしてよみがえり、俳句に、そして日・韓親善に新たな一歩を踏み出すことができた。』とある。

「白魚火」副主宰という重責を負いながら、且つ年に2回以上韓国を訪問し、日韓親善の役目を果たし、時には日韓の通訳まで果すという活動家である。句にもさりげなくその状況が詠われている。

句集は、著者自選300句に自註を付したもので、配列はおおよそ年代順となっている。

 

 自然のものには心の中の想いをめぐらせ

  萩咲くや少し歪みし長屋門

  大銀杏一糸纏はず冬に入る

  一つ咲き一つが終る野甘草

  一花二花あとは蕾の夏椿

  手にのせてより密かめく落し文

  どの足も休まず百足歩くかな

  一塊の石にも霊気青すすき

  色即是空空即是色筆始

  また一つ消ゆる村の名麦青む

  酒蔵は女人禁制木々芽吹く

  呪文解くやうに一輪梅ひらく

  味噌樽の箍締め直す十二月

 人には自然を配し

  空鋏鳴らして始む松手入

  蛙に目貸して一駅だけの旅

  手つかづの稿そのままに桜の夜

  ペン持ちしままのうたた寝山笑ふ

  遠霞知覧に少年兵の遺書

 韓国との親善関係の活動も活発に

  秋惜しむ膝立て座るチマチョゴリ

  日本を離れてよりの秋思かな

  ハングル語すらすら話し小六月

  衛兵の直立不動いちやう散る

  着せられて意外に涼しチマチョゴリ

地方色も濃く滲んで

  一切を拒み華厳の滝氷る

  命灯を入れて練り出すねぷたかな

  蹴轆轤を休め益子の秋深む

  御成り坂涼しき杉の五千本

  すくと立つ吹雪の中の太郎杉

  浜名湖の旅の土産の白鰻

 女丈夫ぶり躍如、そんな女丈夫に思わぬ敵も

   杉花粉よく飛ぶ日なりねむり猫

   ごり押しの効かぬ齢やかき氷

   当選の胸に真つ赤な冬薔薇

   胴上げをされ冬天を掴みたる

 活動家も生身の人間、時には怪我をすることだって

  松葉杖ついていつもと違ふ秋

   秋晴や杖を忘るるほどに癒ゆ

   痛い指脈打つてゐて明易し

   生え変る爪もも色や冬間近か

家族のことをしみじみと詠んで

   夫と子の男の会話お元日

   春浅し子に一通のラブレター

   紅葉狩り夫とは他人顔をして

   父の忌が近づく庭の梅ひらく

   夫の座の左右に子の座お元日

   花寒しすぐに眠つてしまふ母

   母よりと分る名無しの年賀状

     

二兎を追って二兎を得た女史の面目躍如たるものがある。
勇気と仄々とした読後感を頂いた。

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2011年11月 7日 (月)

二人三脚

俳人協会・俳句文学館発行、平成23年11月の俳句カレンダーに馬醉木主宰・水原春郎氏の一句が掲載されている。
231121_2

  余生こそ二人三脚花八手 
                               水原春郎

渡辺千枝子氏の解説がある。

『二人三脚の1.5脚は、もちろん康子夫人である。
 夫人のご文章を引用させていただくと、

「私は神田育ちだが生まれたのは本郷湯島で水原の家の隣であった。水原と私の里の神戸の家は、私の生まれる以前からの知人で、母同士が御茶の水の同級生、兄と春郎も幼稚園から一緒、姉たちや妹も御茶の水の同窓という長い糸で結ばれ、私達兄弟はみな水原の父の手によって生まれた。
私の誕生の時、春郎は家の前を三輪車で遊んでいたという」というえにしのお二人である。
すでにダイヤモンド婚も祝われた余生の平穏を、地味だが、滋味深い八つ手の咲く日向が見事に象徴している。
 春郎先生に愛妻俳句の多いのは周知のことで、その極め付けが
       願はくは来世も君と冷し酒
であろう。
因みに春郎先生のお嫁さんに「康子ちゃんがいいよ」とおっしゃったのは秋櫻子先生とのこと。(渡邊千枝子)』

何か仄々としたものを感じさせてくれる句である。

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2011年11月 4日 (金)

東地中海に咲く百合

文化の日、東京・王子駅近傍の、「北とぴあ・つつじホール」で、「東地中海に咲く百合(Lilium Orientalis)」と題する音楽会が開催された。

本公演の狙いは、「1192年から1489年までリュジニャン王家によって支配されたキプロス島では、地中海の東端に位置しながらヨーロッパ文化、特にフランス文化が栄えていた。特にその文化活動が盛んになった15世紀初頭のこの島の音楽を伝えるのが、Torino J.II.9という写本である。歌と当時の楽器を用いながら、この写本に含まれる宗教曲(ミサ曲)、及び当時の王妃とともに作曲家としてキプロス島へ移り、最新の音楽を伝えたジレ・ヴリュの作品を扱い、当時キプロス島にもたらされ、そして醸成された中世末期のキプロス島における宗教音楽環境の再構築を試みる。 」である。

演奏者は、
   横町あゆみ・名倉亜矢子長尾譲春日保人
   プサルテリウムオルガネット矢野薫
   フィーデルなかやまはるみ
   リコーダー音楽監督守谷敦

守谷敦によると、「Liliumとは百合のことでフランスの象徴である。殆どの楽曲が現在ヨーロッパ内でもほとんど演奏されることなく、日本では初演であろうこれらの作品群は、中世末期に地中海の東に咲き誇ったまさに東方の百合である。そして今日21世紀に日本でこれらの楽曲が奏される時、それはもう一つの東方に咲く百合、Lilium Orientalis と呼ぶことができるだろう。」と述べている。

上記写本は5ブロックに明確に分けられている。①単声聖歌 ②多声ミサ曲 ③モテット ④バラード ⑤ヴィルレ&ロンドー で、今回の演奏は②ブロックに収められているミサ曲である。

楽器も当時の楽器とあって聞きなれない、または見慣れないものがあり、ネット情報から拾って見ると
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写真左はプサルテリウム、中はオルガネット(手前の人が弾いている携帯用パイプオルガン風の楽器)、右はフィーデルの一種で、それにリコーダーを加えた楽器と 声楽によって演奏された。(写真はいづれもクリックで拡大します)

演奏は守谷敦の鳴らすスモール・ベルの音から始まって、1時間15分間、途中休憩も無く続けられた。宗教曲とあって、終始荘厳な響きと心地よいハーモニーを場内に響かせ、数百人の聴衆も聴きほれた。
会場は節電ということもあったのか比較的暑く、休憩なしの1時間15分は演奏者も大変だったろう。

それにしても限られた日時の内に、夫々の演奏者が、これだけの曲を理解し、合わせ、そして一糸乱れない演奏をして聴衆を魅了させたのに感動した。

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2011年11月 1日 (火)

棚田

浜松市北区引佐町久留米木に美しい棚田がある。少し離れてはいるが愛知県鳳来町には千枚田があるが、自ずから風景そのものが趣を異にしている。Photo 取り入れの時期を若干過ぎたがそれでもまだ、稲架(はざ)もあるし脱穀をしている景が見られる。
Photo_2 まだ残っている稲架もあり、稲架棒も下の写真左のように昔ながらの木または竹もあり、写真右のように専用の金属製の物もある。
Photo_3 Photo_4
此処でNさんに会った。初対面である。言葉を交わしたらそれから色々と話して頂いた。脱穀風景の写真はNさんの田圃での風景で、Nさんも年齢から若い人に頼んで脱穀をしているという。

Nさんは昭和23年からこの棚田を守り続けて現在に到っている。地域も共鳴して今は棚田を守る運動が展開されている。
Nさんは経歴から言っても比較的大きな田圃を持っている。全部で15の田圃で3反歩(900坪)というから平均60坪になり、この棚田では最も大きな棚田の所有者で、他は殆どそれ以下の田圃だという。
苗代から始めて、草刈、畦叩き、畦塗り、または青草刈(この草は田の中に梳きこんで肥料にした)、また馬の肥を田に梳き込んだりして肥料としたものだという。今は化学肥料が主体になったが、当時の田圃の土は今より随分軽かったと語る。
三本鍬で春田打ち、平鍬で代掻き、大足でならし、田植え、夏の炎暑の中3番草まで田の草取り、その間手鎌での畦草刈り、水の管理、稲刈り等々は殆ど人力に頼った。取り入れの済んだ籾は背負子で家まで背負った。荷車が出来、牛を使い、今は車時代になってそんな苦労ももう昔話。

最近は猪の被害が続出したので棚田全体を電線垣を結った為、その被害が無くなり安心して稲作が出来るようになった。
配合肥料が出るようになっても、夫々値段と相談して作る時代になった。
農作業も機械化が進み、棚田に合った農具を入れて、今では昔の苦労が忘れ去られつつある。

今はお天気だけを案じている。棚田に携わって60年。作り方や人は変わっても変わらないのは、「水」だけ。こんこんと湧き出ている澄んだ水に感謝しながら棚田を離れないと語った。

帰りに、そのNさんの丹精込めた米を買ってきた。味はこれからだが楽しみだ。

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