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2011年8月23日 (火)

人生の岐路

長い人生のうちには何回かの岐路があり、その都度選択と決断の時がある。

2、3週間ほど前だが、朝ドラの「おひさま」の中にもそんな情景があって感動的だった。

陽子が、校長先生に呼ばれ、「丸山先生(陽子)と高橋先生のどちらかに職を離れて欲しい」と言われた。
陽子は悩む。自分は先生になりたくてその道を選んだ。戦後、今まで教えてきた内容がどんでん返しになって悩みながら漸く進む方向が見えてきて、気持ちの上でも何とか落ち着きが戻ってきた矢先の事だった。

彼女は一人で悩む。しかしそれは何時しか夫の和成にも判るようになる。其処から夫婦の会話が始まる。会話の詳細は忘れたが凡そ次のようなものだったと記憶する。

「陽子は高橋先生のことをどう思っているんだい」
「高橋先生は優れた先生だと思っています」
「若しそうなら、陽子が残ろうと思うと、高橋先生に対しては失礼になるんじゃないかなあ。
だから高橋先生のことを考えるのは止めて、自分のことを考えよう。
陽子は先生になるのが夢で、これからも先生を続けたいのなら断固拒否したらいい」

「でも先生でない生活を考えたこともなかったよね。ゼロから考えてみよう。まだ私達には十分時間がある」
「私もなんとなくそう思っていました」
「なんだそれなら陽子は答えを決めていたんじゃないか」
「いえ、和成さんの言葉が引き金になっただけです」
「身の丈に合った世界を築いてゆこう。太陽の陽子として」

「一クラスは48人でも、その何組も持ってきた事を考えたら、小さい世界といっても凄い数だよね。その生徒が卒業しても陽子は、何時までもその子たちの先生なんだ」

ドラマの世界とは言え、自分史と重ね合わせて感動の選択の場面だった。

愈々卒業式を迎えた陽子の気持ちは痛いほど伝わってきて、万感胸に迫るものがあった。
今では聞かれなくなった「仰げば尊し我が師の恩」を生徒が立ち上がって一斉に歌うシーンを見て何かがこみ上げてきた。

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コメント

「自分史」と重ね合わせて、・・・。本当に同感です。 振り返ってみると幾つかあった岐路のうち、最初の大きなものは、戦時少年だった私が目指していた海軍兵学校から方向変化した時だったが、その時のご指導を頂いた恩師のこと。 そして、逆に、自身も一万人を超す数の生徒の人から教壇に立つ姿を見られたのだが、そのうちの何人の人に記憶して居て貰えるのだろうか、と常日頃思っていること。 それらの思いを重ねて、あの日の場面を見ました。

投稿: Y.K. | 2011年8月25日 (木) 02時54分

人生の、ふしめ節目に素晴らしい恩師に出会ったことが私にとって幸せでした。
会社生活に入ってからも、良い先輩の助言を頂いたことが何度かあった事を有難く思っています。折があったらY.K.さんともそんなことを語り合えたら良いですね。
それらがあって現在までの自分史を織り成してきたことを思うと、人との出会いをしみじみ感じます。
ビジネス上の人脈は、ビジネスを離れると、急速に薄れることは止むを得ないことですが、それでも主たるメンバーとは今も良好な人間関係を保っているのも幸せな事と思います。

それにしても、Y.K.さんのように一万人を超す教え子を持たれている事を羨ましくも思います。一般的な会社出身者とは違った、教職者と教え子との運命的な出会いですね。
一万人もの教え子にとっては、Y.K.さんは何時までも先生であり、恩師として何時までも心の中に生き続けていくことでしょう。
それらを思う時「おひさま」のあの場面が頭の中を過ぎります。

投稿: Alps | 2011年9月 3日 (土) 16時56分

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