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2011年5月 2日 (月)

遠江引佐細江の澪標

万葉集にも詠われた「引佐細江(いなさほそえ)の澪標(みおつくし)」のレプリカは、浜名湖北岸に位置する静岡県引佐郡細江町にある。平成の大合併で今は、浜松市北区細江町になったが、その浜名湖の一角に件の澪標が立っている。
日本最古の海路標識として、今から1000余年前に建てられたものと言われる。

澪標とは水脈(みお)の串の意で、通行する船に通りやすい深い水脈を知らせる為に立てられた杭。歌で多く「身を尽し」にかけて使われる。

写真はその澪標で東名高速浜名湖大橋を遠く背にして立っている。Img_1459

 遠江(とほつあふみ)引佐細江の みをつくし
   吾
(あれ)を頼めて あさましものを(巻14-3429 作者未詳)

遠江の引佐細江の みをつくし。
 澪標のように私をあてにさせておいて、やがて疎ましくするのでしょう。(ネットより)

静岡県立中央図書館所蔵貴重書の「万葉集遠江歌考(とうとうみうたこう)」について、次のように紹介されている。

『浜松市出身の江戸時代の国学者、賀茂真淵(元禄10(1697)年~明和6(1769)年)は、江戸に移って田安家に仕える前、寛保2(1742)年、真淵46歳の年に「万葉集遠江歌考」を著した。万葉集中、遠江で詠まれた歌や、遠江出身の防人の歌、東歌などについて注解、考証してある。

地名が詠み込んである歌として、「引馬野ににほふ榛原(はぎはら)入り乱り衣にほはせ旅のしるしに」(巻1)、「あら玉のきべの林に汝を立ててゆきかつましし寝(い)を先立たね」(巻14)、「遠江引佐細江の澪標吾を頼めてあさましものを」(巻14)などがある。

この執筆の18年後、真淵は代表的著作である『万葉考』を著す。「万葉集遠江歌考」には、後に通ずる精緻な考証の中にもはつらつとした雰囲気がうかがえる。』

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