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2011年2月11日 (金)

いつも追われ

西国第32番札所・観音正寺の「参道ことわざのみち」の中の、
11番に「楽しい人生の中には必ず苦しい時代の経験が生きている」という諺があり、
24番に「最も幸福な人はいつも行動している人である」という諺が載っている。
偶々或る俳句の記事に次のような記事が載っていた。「参道ことわざのみち」とも関連して味わった。
   

 『 いつも追はれ今はたはたを野路に追ふ  福田蓼汀

 「いつも追はれ」というのは、一生仕事に追いまくられて来た人の感慨であろう。会社の仕事でも作家や校正でも、所詮時間との勝負になるからだ。定年退職して、やっと野原で「はたはた」(バッタ)を追っている。句には登場しないが、お孫さんと一緒かも知れない。余生の感慨がほのぼのと伝わってくる。

福田蓼汀は明治38年(1905年) 生まれ。昭和15年「ホトトギス」同人。昭和23年「山花」を創刊主宰。山を深く愛し多くの山岳俳句を生み、主宰誌名も山に因んだ。

ところが皮肉にもその山が蓼汀に不幸をもたらす。次男善明が岡部浩子とともに奥黒部で鉄砲水に流されて遭難死する。同僚三菱商事山岳部の必死の捜索にもかかわらず、遺体すら発見できなかった。昭和44年10月黒部東沢出会で行われた慰霊祭で、蓼汀は91句の慰霊句を詠んだ。こうでもする以外に為すすべが無かったのであろう。その冒頭句。
   秋雲一片遺されし父何を為さん 』

   

 『 夾竹桃河は疲れを溜めて流れ       有働 亨

 春に較べると夏は花が少ない。万物暑さに疲れ、河さえも疲れを溜めて流れている。しかし印度原産の常緑灌木である夾竹桃は、河の両岸を埋め尽くして真っ赤に咲き続ける。河の疲れというのは無論作者の主観だが、夾竹桃の旺盛さを際だたせる効果を生んでいる。俳句はいうまでもなく五・七・五を定型とするが、この句は六・七・六と詩形を崩していて、それが暑さに疲れた気分をうまく伝えている。

 有働亨は大正9年(1920)熊本生まれ。京大馬酔木会で水内鬼灯に学び、のち水原秋桜子に師事し、「馬酔木」同人となる。昭和46年(1971)から10年間俳人協会理事を勤めた。』

人の世の中で誰にとっても、ただ一つ公平なものは1日24時間の持ち時間である。
その時間を、いつも追っているか追われているかも、河も疲れを溜めていると見るのも、年代や地位や業種や能力、それに性格にも依って人夫々であろうが、我々の年代になってみると、特に実感として伝わってくる。ただ「忙」は心を失うということを表している文字でもあるので心すべきことでもある。
今日は2月11日。建国記念日。観音正寺の諺のうち、11番が目に留まった所から思いを述べた。

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