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2011年2月 4日 (金)

美しい文章と挿絵の本

偶然の出会いが、素晴らしい出会いに発展した一例を或る出会い続、或る出会い再度、或る出会いに既に書いた。

その太田さんから「歳を重ね体力が弱ったら晩年は汽車の旅でもしようかと言っていたのが現実になりました」との一文が添えられて「稚内・津軽・木曽路に枕崎」と題する感動的な一冊の本を送って頂いた。

B5版の本は開くと、左側に文章、右側に(文章に書かれた)絵がワンセットになっていて見ても読んでも楽しい本だ。

日本各地のローカル線を主体に列車の旅物語だが、これだけの旅の出来るということは添えられた一文とは裏腹に活動的な旅を続けているということを感じる。その文章は単なる客観写生だけではなく、それを通して切々とした想いを綴っているのが素晴らしい。その写生の絵が又美しい。写真はその本の表紙である。Img_1141  信州出身の私は、まづこの表紙が中央線須原駅とあることに親近感を覚え、又自分でも乗った経験のある鉄道や懐かしい駅も幾つかあり、当時の記憶が蘇り懐かしさが蘇って来る。

 それにしても太田さんの文章は「物が心を食う時代」に対しての警告を率直に表現されていることに共感を持てる。何でこんなに心を打つ文章なのだろうか。矢張り私にも共鳴する弦が心の中にあるからだろう。ただ私が訴えたいことが見事に表現されているのが嬉しい。

 

内容は北は北海道最北端の稚内から、南は本州最南端の指宿枕崎線の西大山駅を始め各地のローカル線を紹介している。

例えば北海道の留萌線。私のおぼろげな記憶を辿ってみると、昭和54年(1979)の夏、当時私は遣る瀬無い気持ちを抱いて一人北海道の旅に出たことがある。その途次、稚内に行った時のこと、羽幌から船で焼尻島で一泊して翌日天売島を船で外からオロロン鳥を見て羽幌に戻り、其処から羽幌線で宗谷本線の幌延に出て其処から稚内に出たように記憶している。しかし今はその羽幌線も廃線になってしまった。8月の夏真最中だったのに早くも秋の気配を感じたことを覚えている。

「残っているから尚寂しい旧炭鉱平岸」と題する旧炭鉱平岸駅の描写には世の中の栄枯盛衰の一端を現している。荒涼とした廃駅の冬を想像するとうら悲しい。

     廃線の朽ちし駅舎や冬銀河  

 

本州最南端の西大山駅の絵と文は、私が平成15年(2003)11月、その地を訪れた時の風景と想いを髣髴と感じさせてくれる。

      最果ての無人の駅や返り花  

 

 本書にある私の知らなかったり乗ったこともない鉄道は、平凡社大百科事典の日本地図を片手に首っ引きで追ってみたが結構楽しい。スイッチバックの駅、1ケ所に3種の異なった軌道ゲージが集まっている所があると聞いて吃驚した。

 

 岩村駅の近くには、岩村城や「女城主」と名のつく地酒もあり、古い町並みと共に懐かしい。

 

 近代化の波が、古きよきものを次第に破壊してゆくのは、西欧の世界遺産を見るにつけ、日本の文化遺産をもっと考える時期ではないかと切に思う。

  

太田さんの旅の記録を読んで感じるのは、矢張り尽きない好奇心・相応の体力・それに行動力といった要素が兼ね備わっていることが基本で且つ、確とした思想の上に積み重ねられた文章であることを確信する。

今日は立春、これから又旅の季節になる。益々お元気で旅されんことを

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» Alps氏の出逢った人 [変人キャズ]
   「美しい文章と挿絵の本」 という、読後感の爽やかな、Alps氏のブログ記事    を読んだ。 今回の記事の主題である本を造った、太田さん    という人物は、人間として素晴らしい人生を      歩んできた方だと印象付けられるが、    それと同時に、その太田さんとAlps氏との    人物像が重なって、この共通点の多いお二人が    偶然の出会いが縁で、それ以後の接触を生じた    のを不思議な感じがすると共に、嬉しく思う。... [続きを読む]

受信: 2011年2月 7日 (月) 16時55分

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