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2010年11月10日 (水)

虚子庵

所用を兼ねて一週間ほど信州へ行ってきた。
小諸は坂の多い街である。小諸駅に張り付いて懐古園がある。此処はいつも訪れる人があり、今頃は丁度紅葉の真っ盛りで美しい。
表通りから一歩奥に入った所には田園風景が開け、その中に「与良・俳句のまちエリア」と地元では呼んでいる北国街道沿いの地区がある。その中に「虚子庵」があり隣接して「市立小諸高濱虚子記念館」がある。
Img_0747 写真は虚子庵虚子旧居)で飛び石伝いに中へ入れる。入口には投句箱があり又、虚子が愛した紫苑(しおん)が咲き残って風に揺れていた。8畳と6畳の2部屋があり、身幅ほどの廊下があり、外とは硝子戸で仕切られている。硝子は明治の硝子で表面に僅かな凹凸があるので硝子戸を通して見る外景は歪んで見える。

『高濱虚子は昭和19年9月、折から激しさを増してきた戦火を避けて小諸に疎開、昭和22年10月まで足掛け4年をこの家で暮らした。虚子は「小諸雑記」にその様子をまとめ「小諸百句」を生んだ。
明治7年愛媛県松山市に生まれた虚子は、明治27年同郷の先輩である正岡子規を頼って上京、明治43年から没年までは鎌倉に住んだ。
その間にあって小諸時代は、温暖の地に生まれ暮らした虚子に山国の厳しくも美しい風土を知らしめ、虚子文学を幅広いものへと育んだ。(入口の案内文概要)』

近隣一体を「虚子の散歩道」と呼んで、その周辺には虚子の句碑がいくつかあるが、特に虚子庵の入口に、紫苑に囲まれて立つ「人々に更に紫苑に名残あり」は印象的である。そのほか、
   柴を負ひそれにしめじの篭をさげ
   風花に山家住ひも早三年
   秋晴の浅間仰ぎて主客あり
   立科に春の雲今うごき居り
等の句碑が立っている。

隣接する記念館には虚子文学研究に資するため、作品や資料を保存している。中の圧巻は虚子筆の「六曲一双句屏風」で一月から十二月までの句が表装されていて見事である。
他には、短冊・色紙・扁額・掛け軸・原稿・画帳・絵画・写真等々が収められていて、俳人は良く訪れる場所と聞いている。 

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コメント

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投稿: educational grants | 2010年11月25日 (木) 02時32分

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投稿: Alps | 2010年11月25日 (木) 09時52分

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