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2010年8月 2日 (月)

句集「戸隠第四」

今井恭介(俳号:恭)氏より、句集「戸隠第四」を頂いた。文字どうり、第三句集につづく第四句集であり、平成18年から21年までの4年間の生活に密着した句を収録したもので、将に自分史の感がある。
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先に、句集「戸隠第三」にも紹介したように、著者は、旧戸隠村(現長野市戸隠)の村医として長年地域医療に尽くされた一方、書道家としても知られ、又村議としても活躍されて現在に至っている。

句は自由奔放に詠い、時には意図して無季俳句も入れて、生活実感を詠っている。
昭和3年生まれの著者は矢張り、齢相応に来し方の人生を想い、戦争や平和を実感として捉え、歴史や文化それに哲学の無くなってきている世相を憂い、家族や生活環境に就いて想いを致していることが実感できる。500頁に及ぶ句集は圧巻である。

以下に、平成18年から21年の年代順に記録された句から適当に抽出して記してみる。

来し方の人生を想い、
   春愁や過ぎ行くものはみな愛(いと)し
   一瞬よこの世のなべて在るものは
   寒の空青く青く無限の無
   戦前戦中戦後共に生き来し別れかな(旧友の死を)
   開業医実と虚の中生きしかな
   堂々と生きて散るのはわがのぞみ
   五十余年校医務めて秋叙勲(瑞宝双光章)
戦争と平和について考える、
   十二月八日信濃は雪催ひ
   沖縄忌われ十七の医学生
   広島忌昭和二十年八月六日午前八時十分
   長崎忌八月九日十一時二分
   敗戦の日の暑かりし若かりし
   敗戦日虚と無の一日なりしかな
   明治から騒ぎすぎたよ日本は
 著者出身の旧制長野中学の大先輩で、「散るぞ悲しき」でも知られ、硫黄島守備隊長として玉砕した、名将栗林中将(玉砕前に大将)に就いて、
   硫黄島守備隊長の手紙かな
   万緑やかの硫黄島の玉砕日(昭和20年5月22日)
   「硫黄島からの手紙」かく美しき家族かな
医業に就いて、
   聴診器掌にあたためて皺の肌
   山法師道々に見て往診す
   大寒や「佛心鬼手」の額かかげ
   もういいよ人の命のお仕事は
書道に就いても造詣深く、
   書道展十九回目の特選と(NHK全国書道展)
   筆硯はわが友なりし墨をする
   田舎医者なれど書道は師範とや(NHK書道師範)
来し方の思い出を語る、
   若き日の勤労動員木曽名古屋
   青春はあの大戦と共に過ぎ
   「二拍子の青春」友みな八十才
   飯綱山を仰ぎ来し八十年
   昭和過ぎ田園まさに荒れむとす
   恩師みな天国へゆき秋一人
歴史や文化、哲学への思想の軽薄となった世を憂え、
   文化とはつらつら思ふ文化の日
   哲学が無き世となりぬ資本主義
   日本は平和に呆けて物に呆け
   銭のみの國となりけり夏に入る
   田舎こそわが日本の歴史あり
矢張り著者は戸隠の人、
   ま輝く戸隠連峰冬深し
   落ちてなほ地に咲くごとし凌霄花(のうぜんか)
   一茶忌や信濃の空は雪催ひ
   北の空雪の戸隠山厳と立つ
   飯綱山の裾野は広し秋高し
家族やお子さん、お孫さんとの関係も前句集にあるように和やかに詠われている、
   秋高し明治神宮宮詣り
   いい子五人生み育てたりわが妻は
   孫と手を握り花野を歩むかな
   とことこと初孫歩く秋高し
お宅の庭も自然が豊か、
   辛夷梅白蓮桜つぎづぎ
   大岩の背に蒲公英が一つ咲き
此処に取り上げた句は、ほんの一部に過ぎないが、本句集の内容を知って頂く一助にはなりうると思っている。

昭和54年に、句集「戸隠第一」を出してから、平成15年に第二、続いて平成18年に第三、そして今回第四を出した。句集一冊出すのも大変な事なのに、経歴に示す諸事をこなしながらの今回の上梓は大変なことだったろうと推察する。

難解な言葉もなく、素直に詠われていて共感できる。特に同世代人にとっては青春懐古も手伝って懐かしさを覚える。仄々とした読後感を頂いた。

句集「戸隠第五」の出ることを期待している。

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