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2010年8月26日 (木)

地蔵盆

八月は盆月と言われ、宗教がらみの行事が多い。

その一つに地蔵盆がある。

地蔵菩薩 (じぞうぼさつ)は、仏教の信仰対象である菩薩の一尊。大地が全ての命を育む力を蔵するように、苦悩の人々をその無限の大慈悲の心で包み込み、救う所から名付けられたとされる。一般的には「子供の守り神」として信じられており、よく子供が喜ぶお菓子が供えられている。
一般的に、親しみを込めて「お地蔵さん」、「お地蔵様」と呼ばれる。

地蔵盆は、8月23,24日を中心に行われる地蔵菩薩の縁日である。昔は陰暦7月24日であった。辻々にテントを張り、地蔵の涎掛けを新調し、提灯をつるし、果物や菓子を供えて祀る。

浜名湖の猪鼻湖に突き出した半島の先端に近い、三ヶ日町大崎の「宝珠寺」でも毎年8月24日には地蔵盆が行われる。Photo

当日は夕方の6時半頃になると、信者が集まり、予め用意された燈籠に願い事や、俳句などを書いてお納めする。写真はその一部の絵灯篭がそろそろ準備されだした状況を示す。
Photo_2 当夜の行事は、

まづ、本堂内に於いて、般若心経の唱偈から始まり、大般若経の転読(大分の経文の略読の方法)が、僧侶たちの掛け声もろともに行われ、消災呪(しょうさいしゅう)の三読等の唱偈を交えて、読経が終わると、前述の各自が予め書いた絵燈籠に灯を入れて、それを寺脇の岩の上とか、階の端(写真)とかに供えて夫々の想いを込めて祈りを捧げ、済むと三々五々帰路に付く。

聞くところによると、去年までは寺の境内にある六地蔵の前で行われたと聞くが、今年は他の要因もあって本堂内で行われたと言う。

然し、本来の意味からすると、去年までの方法の方が本来の地蔵盆に相応しいと思った。
供えられた燈籠の灯は、長い階の上まで続いて赤々と燃えていた。

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2010年8月19日 (木)

大文字

8月16日には「京都五山の送り火」がある。盆の送り火であることは周知の通りである。
このことに就いては先に「大文字」にも書いた。しかし前述のような経緯もあって、今まで自分の眼で直接見たことはない。

今度、機会があって友人達と拝することが出来た。
Photo宿泊したホテルの屋上がそのまま五山送り火の見学場所になっている。
「大」の字が点火されるに先立って京都タワーの灯も消され、それ以外の市内の主だった灯も消される。ホテルの宿泊者も部屋を出る時には、部屋の電気を全部消して出る。
ホテルの位置は、「大」の字の燃え上がる如意ケ岳の南西にあるために、其処からの「」は写真のような景になる。

屋上は多勢の人々で混んでいたが、親切な方が席を譲ってくれたので最前列ではっきりと見る事が出来た。夜景なので写真の手ぶれは仕方ない。

如意ケ岳の「大文字」は20.00に点火され、その向かって左方松ケ崎の「」は20.10に、更に左方の西賀茂の「船形」は20.15に、夫々点火される。此処までは屋上から見ることが出来る。これだけ見ることが出来れば十分である。
(五山送り火の内の、左大文字(北山)、鳥居形(奥嵯峨)は、屋上からは残念ながら見ることは出来ない。)
Photo_7
写真は「船形」で屋上から見えるうちの最左端にある。

最初に「大文字」が点火されると、一種のどよめきが起る。
人それぞれの想いで見ているのであろう。続いて「妙・法」が更に「船形」が点火されてゆくと、人たちはその場に立ち尽くして声もない。

大多数の人は恐らく観光の一環として見るのであろうが、或る人達にとっては特別な想いで拝するに違いない。
掌を合わせている人達が居る。あの人たちは八月ということも考えると戦争に関係のある人たちかも知れない。或いは近親者の霊安かれと祈っているのかも知れない。

私は、点火され「」の字が浮き上がってきた時には、「嗚呼、弟もこれを見たのだなあ」と思ったらつい目頭が熱くなった。

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2010年8月15日 (日)

マンガ

久しぶりにNHKの朝ドラで、見応えのある番組「ゲゲゲの女房」が放映されている。「ゲゲゲの鬼太郎」の作者である「水木しげる」と「その妻」の奮戦記である。個性的な、しげるを支える妻の奮戦と運命を切り開いてゆく過程が判って楽しい。
書店には心なしかマンガ本が多く並べられている。

マンガと言っても中身は様々である。前に一寸読んだことのある「マンガ経営学」(日本経営センター刊)等はマンガとはいうもののいっぱしの解説書である。
Photo_2 経営学、経営分析、会社法、手形・小切手、財務管理、会計学、生産管理、労務常識 等に分かれていて、中身は大雑把に内容の把握が出来る程度であるが、経営数値の把握まで含めて、経営という内容をを概観するには面白い。

細かくは夫々の専門書で勉強すればよい。

もう処分してしまって手元には無いが、「ランチェスターの法則」を書いた10冊シリーズのマンガ本がある。これなどはマンガといっても殆どそのまま専門書であって、シリーズごとに纏められ、その各章ごとに漫画風に書いた後、夫々数ページに渉って専門書同様に理論的にまとめ書かれているので、ランチェスターの法則を勉強するのにはもってこいの書物である。

面白いことに最近、「般若心経」解説のマンガ本が出ている。買うと部屋が狭くなるので、近くの書店へ出かける都度立ち読み継いで一冊読んでしまった。その程度の本だが、般若心経の内容を砕けた表現ながら素人にわかりやすく、つい引き込まれて読んでしまった。偶々同書店の会長と、或る会合で一緒になるので、立ち読みのお礼を言っておいた。

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2010年8月 2日 (月)

句集「戸隠第四」

今井恭介(俳号:恭)氏より、句集「戸隠第四」を頂いた。文字どうり、第三句集につづく第四句集であり、平成18年から21年までの4年間の生活に密着した句を収録したもので、将に自分史の感がある。
1jpg

先に、句集「戸隠第三」にも紹介したように、著者は、旧戸隠村(現長野市戸隠)の村医として長年地域医療に尽くされた一方、書道家としても知られ、又村議としても活躍されて現在に至っている。

句は自由奔放に詠い、時には意図して無季俳句も入れて、生活実感を詠っている。
昭和3年生まれの著者は矢張り、齢相応に来し方の人生を想い、戦争や平和を実感として捉え、歴史や文化それに哲学の無くなってきている世相を憂い、家族や生活環境に就いて想いを致していることが実感できる。500頁に及ぶ句集は圧巻である。

以下に、平成18年から21年の年代順に記録された句から適当に抽出して記してみる。

来し方の人生を想い、
   春愁や過ぎ行くものはみな愛(いと)し
   一瞬よこの世のなべて在るものは
   寒の空青く青く無限の無
   戦前戦中戦後共に生き来し別れかな(旧友の死を)
   開業医実と虚の中生きしかな
   堂々と生きて散るのはわがのぞみ
   五十余年校医務めて秋叙勲(瑞宝双光章)
戦争と平和について考える、
   十二月八日信濃は雪催ひ
   沖縄忌われ十七の医学生
   広島忌昭和二十年八月六日午前八時十分
   長崎忌八月九日十一時二分
   敗戦の日の暑かりし若かりし
   敗戦日虚と無の一日なりしかな
   明治から騒ぎすぎたよ日本は
 著者出身の旧制長野中学の大先輩で、「散るぞ悲しき」でも知られ、硫黄島守備隊長として玉砕した、名将栗林中将(玉砕前に大将)に就いて、
   硫黄島守備隊長の手紙かな
   万緑やかの硫黄島の玉砕日(昭和20年5月22日)
   「硫黄島からの手紙」かく美しき家族かな
医業に就いて、
   聴診器掌にあたためて皺の肌
   山法師道々に見て往診す
   大寒や「佛心鬼手」の額かかげ
   もういいよ人の命のお仕事は
書道に就いても造詣深く、
   書道展十九回目の特選と(NHK全国書道展)
   筆硯はわが友なりし墨をする
   田舎医者なれど書道は師範とや(NHK書道師範)
来し方の思い出を語る、
   若き日の勤労動員木曽名古屋
   青春はあの大戦と共に過ぎ
   「二拍子の青春」友みな八十才
   飯綱山を仰ぎ来し八十年
   昭和過ぎ田園まさに荒れむとす
   恩師みな天国へゆき秋一人
歴史や文化、哲学への思想の軽薄となった世を憂え、
   文化とはつらつら思ふ文化の日
   哲学が無き世となりぬ資本主義
   日本は平和に呆けて物に呆け
   銭のみの國となりけり夏に入る
   田舎こそわが日本の歴史あり
矢張り著者は戸隠の人、
   ま輝く戸隠連峰冬深し
   落ちてなほ地に咲くごとし凌霄花(のうぜんか)
   一茶忌や信濃の空は雪催ひ
   北の空雪の戸隠山厳と立つ
   飯綱山の裾野は広し秋高し
家族やお子さん、お孫さんとの関係も前句集にあるように和やかに詠われている、
   秋高し明治神宮宮詣り
   いい子五人生み育てたりわが妻は
   孫と手を握り花野を歩むかな
   とことこと初孫歩く秋高し
お宅の庭も自然が豊か、
   辛夷梅白蓮桜つぎづぎ
   大岩の背に蒲公英が一つ咲き
此処に取り上げた句は、ほんの一部に過ぎないが、本句集の内容を知って頂く一助にはなりうると思っている。

昭和54年に、句集「戸隠第一」を出してから、平成15年に第二、続いて平成18年に第三、そして今回第四を出した。句集一冊出すのも大変な事なのに、経歴に示す諸事をこなしながらの今回の上梓は大変なことだったろうと推察する。

難解な言葉もなく、素直に詠われていて共感できる。特に同世代人にとっては青春懐古も手伝って懐かしさを覚える。仄々とした読後感を頂いた。

句集「戸隠第五」の出ることを期待している。

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