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2010年6月 9日 (水)

岬鼻

S誌6月号の「現代俳句を読む」の中で、N氏は次の句を取り上げて評を書いている。

  囀りのあふれてきたる岬鼻  鳥井 保和

『岬鼻。足下から始まる海は、孤を描く水平線まで続く大海原である。岬の突端に向かって歩く時、大眺望の開けない前から、その昂ぶりを覚えるものだ。自殺の名所となった岬では、一時期、様々な宗教団体が、立て看板で呼びかけをしたところ、反って自殺者が増えたそうである。岬の昂ぶりに雑音が加わって、自殺者の頭を混乱させたのだろう。
この句では「囀り」。中七の「あふれてきたる」が、その昂ぶりと重なる。囀りも余りに激しいと、快いよりは不安になるものである。その一方で、矢張り囀りは、その不安感と共に、生きることの喜びをも、精一杯、叫んでいるのだ。不幸や不安であっても、矢張り「生きることは素晴らしい」のである。』

この評を読んで思い出したのは、過日訪れた「白浜・三段壁」のことである。
土地の人は三段壁を「白浜の錦ヶ浦」とも呼ぶそうである。
過日の景は、凪ぎ渡った海と岬の開けた大景、岬鼻の岩に拠って釣りを楽しむ平和な風景であった。
しかしその平和な岬鼻も言われてみると、人によっては絶望の景に変わる恐ろしさも含んでいることを感じた。
三段洞窟から嵐をついて出撃する「水軍」のあった歴史を考える時、平和と嵐は表裏を為していると思った。そんな感慨を新たにしてくれる句評でもある。

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