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2010年5月 5日 (水)

母の世は

  母の世は子福者ぞろひ実千両

母の世は忙しかった。
国策もあって一軒に五人六人の子を抱える家は珍しくなかった。今の世から考えると過酷な労働を強いられながら必死に子供を育てた。

   裏山は子らの遊び場草いきれ

「子供手当て」どころか折角育てた子を戦争へ駆り出され、亡くしてしまった世の中の多くの母親達の気持ちを思うと今もたまらない。

   兵たりし兄は寡黙に黄砂降る

私の生家は信州。善光寺平の一角に細々と暮らす農家だった。雪が融けると一冬括られていた桑を解く。

   野にいまだ重き風あり桑ほどく

寒風のなか麦踏みをし、やがて実をつける頃になると春蚕を飼う。家中が蚕に占領される。

   上蔟の夜は正体もなく眠る

上蔟を済ませると休む間もなく麦刈り。刈り終ると直ぐに田植え。今のような機械はなく全部手植え。田の草取りは酷暑の中。二番三番草を取りながら、秋蚕を飼う。
中学(旧制)では配属将校が幅を利かせていた。

    若き日の叉銃の記憶キャンプ村
    
遠雷や甲斐も信濃も闇の中
    

秋は忍び寄るようにやってくる。秋も半ばを過ぎると既に凩の来る予感を感じながら田の面に立った。

   閉ぢし書の上に手をおく涼新た
   防人の越えし峠やいわし雲
   連山に雲の影おく蕎麦の花

そしてそれが済むと稲刈り。

   母といふ楯がゐませり寒北斗

母の世は忙しかった。

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コメント

このエントリーを、5月8日でなく、5月5日に、お書きになったのですね。 その母に育ててもらった子供として、

投稿: ピアニスト | 2010年5月 9日 (日) 10時57分

「そうなんです」と言いたい所ですが、実はあまり日付は意識せず書いたもの。ただ5月には「こどもの日」「母の日」とあるのでつい母の時代を思い出して。
「暖かくなったら温泉へ一緒に行こう」と言っていたのに暖かくなる前に逝ってしまったことが今も悔しくて。
ただ救いは、逝く前に善光寺の「お階段めぐり」に連れて行って喜ばれたこと。

投稿: Alps | 2010年5月10日 (月) 21時11分

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