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2010年3月31日 (水)

カスバの村

バルセロナの北北東、約100Km の所にOlotという町がある。その町の手前(バルセロナ側)10Kmの山間のHostal La Devesa に泊まった。

Img_9302 Devesa
Img_9304_2 バルセロナから行く道の左手には雪嶺が遠望され、道辺には羊がのんびりと牧草を食べていた。
ホテル周辺の山には頂上が平らな岩山が多く、自然の景観を見せていた。
この付近の山はこのような岩山が多いように見受けた。

そのホテルから程近いところにRupitという村がある。
其処を見てくるというのでそそくさと出かけた。ホテルにカメラを忘れてきたことを途中で気がついたが、引き返すのは同行者にも迷惑がかかるので、そのまま行くことにした。
残念だが仕方が無い。村の入口でで買った絵葉書から景を借用する。

Rupit_21 村の入口に人数制限のある吊橋が懸かっている。
その橋を渡った所で景色が一変する。

狭い入り組んだ道、緩やかに曲りながら上る階段、それらがみな石で造られている。その狭い道を挟んで石の家が道を圧して立ち並んでいる。

この景を一見した時に、はっと思った。何処かで見た景に似ている。そして思い出した。昔見たフランス映画の中でも名画として知られる、ジュリアン・デュヴィヴィエ監督、ジャン・ギャバン主演の「望郷」の舞台となった「カスバ」の景に似ている。
私は即座にここを「カスバの村」と勝手に命名した。Rupit_31 此処を歩いているとその石の建物の小さな入口から、ギャバンが今にも出てきそうな錯覚に陥る。建物事態が中世を引きずっているからその想いは一層強くなる。
暫くはその世界に自らを置いて佇んだ。寒いながらも天気は申し分なく陽光が降り注ぐ。まさか此処でギャバンの世界に会うとは思ってもいなかった。
全身を感動が突き抜けるのを感じた。

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2010年3月30日 (火)

バルセロナへ

ヨーロッパの地を始めて踏んだのは、今から約50年前のこと。エールフランスで南回り。羽田から、マニラ・サイゴン(現ホーチミン)・バンコック・カラチ・テヘラン・アテネを経由してパリへ。何時間の航か覚えていない。若かったから何も疲れを感じなかった。

前回は30年前。羽田からアンカレッジ経由でフランクフルトへ。飛行時間は約13時間だった。

その間の20年間、何回かヨーロッパの地を踏んだが、スペイン・イタリア・ソ連圏は行ったことが無い。それも総てビジネス出張なので、仕事の合間に所々観光したぐらいで、今から考えると仕事一途の馬鹿正直な旅だった。だからプライベートに外国へ行ったのは、現役を退いてからの11年間に3回ハワイへ行った位。

ところで今回は所用でバルセロナへ行くことになり、併せて観光もすることにした。当然現地の気候が気になるところ。
嘗て4月下旬から5月上旬にかけてドイツへ出張したことがある。行ったときは霙が降っていた。しかし1週間したら初夏のようになったことを覚えている。
まして今度は3月上旬とあって、寒いのではないかと思って、調べたり人にも聞いたがドイツなどに比べたら余程暖かいからそんなに心配することは無いとの事。
しかし私は出張時の記憶から、3月も上旬なので敢えて暖かい服装で出かけることにした。暖かい服装で行って暑かったら脱げば良い。しかし薄着で出かけて寒かったら、私のような老人は身に応える。

Finnair 始めてフィンエアーに乗った。
乗機はシベリア上空を通ってヘルシンキへ。
見下ろせば白一面の大陸の中を大きくうねって大河が凍り付いている。場所から推定してアムール河ではないかと思った。

快適な空の旅だった。途中多少の疲れも感じ数時間は長々と寝たりもした。写真は自席からのもので恐らくシベリア上空を通過している頃撮ったものと思う。

10時間の飛行でヘルシンキへ着いた。
乗り換え2時間。同じくフィンエアーに乗り継ぎ4時間の飛行でバルセロナへ着いた。

バルセロナは寒かった。何しろ30年ぶりの雪に見舞われる事にもなるのだから。
情報を調べることも、人に聞くのも大切だが、最後は自分の年齢と、自分の嘗ての経験から考えて、暖かい服装で出かけたのは正解だった。

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