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2009年9月24日 (木)

吉行淳之介

浜松から比較的近い原発のある浜岡町(現御前崎市)に宮城まり子創立の「ねむの木学園」があった。現在は掛川市郊外のなだらかな丘陵に移転している。
彼女の名前を聞くと直ぐに思い出すのは吉行淳之介で、かねてから彼の生涯には興味があった。

そんな時、旧友からさりげなく薦められたのが、佐藤嘉尚著「人を惚れさせる男 吉行淳之介伝」(新潮社)である。
Photo 著者は、かつて「歩々清風 金子智一伝」(平凡社)で、インドネシヤ独立の陰の功労者である金子智一を紹介した著者である。私も感動して読んだことがあるので、同著者の吉行淳之介伝には興味がある。

『大正13(1924)年4月13日、吉行淳之介は岡山市桶屋町43番地で、父栄助と母安久利の長男として生まれた。栄助は自分の本名の漢字を嫌って「エイスケ」と名乗り、安久利も後に「あぐり」と名乗るようになった』から始まるこの伝記には、著者自身も時々顔を出すことによって、淳之介像をより浮き立たせるように工夫されている。

父エイスケは天才肌の一面を持つ作家だったがその経緯の中で,十分才を発揮できぬまま34歳の若さで台風のように逝った。

母あぐりは、終戦まもなく師匠山野千枝子の勧めで、戦争未亡人や戦災に遭った女性たちに美容技術を教えることになり、以後、美容師として次第に世間にも知られるようになる。現在は100歳を越える最高齢の美容師でもある。

淳之介は、昭和20年4月旧制静岡高校から東京帝大文学部英文科に入学した。後に妻となる平林文枝と出会ったのは、『何時召集令状が来るか判らない死と対決している時代である。「僕はまだ童貞という濡れたシャツを脱ぐことさへ出来ていなかったのだ」淳之介はせめて死ぬ前にそのシャツを脱ぎたいと切実に思っていた。』そんな時期に出会ったのが文枝だった。
母あぐりが病に倒れた後、和子も含めて同居し文枝を入籍した。淳之介は大学を中退し、新太陽社という雑誌社の記者となった。

『淳之介はのべつ病気をしている印象が強い。16歳のときの腸チフスと28歳のときの肺結核では命の危険性さえあり、ゼンソク発作には20歳以降常に苦しめられた。』

『昭和32年11月、淳之介は写真家の秋山庄太郎、歌手の宮城まり子と鼎談をした。そのときに淳之介と宮城まり子は、初対面で、お互いに好感を持った。淳之介33歳、まり子30歳。』以後、まり子との関係やまり子入籍に絡む問題は周知の通りである。

平成6年。淳之介は肝臓癌と診断されたが、『まり子は、和子と相談し、本人及び他の家族には知らせないことにした。本人には、医師から血管腫と伝えてもらった。』
『5月半ば、放射線科の医師が、エコーの結果を知りたいと淳之介が聞いたのに対して、「肝臓癌ですね。あまりたちのよくないのが出ましたね」とあっさり告げた。しばらくして淳之介はつぶやいた。「シビアなことをおっしゃいますな」。これを契機に急速に体力が落ちていった。まり子は、不用意に告知した医師を、許せないと思った。』

告知を含めた「医師の一言の重さ」というものに就いて、つくづく考えさせられる問題がここにもある。

吉行淳之介に就いてのかねてからのイメージは、芥川賞受賞作家、ダンディと言う言葉がそのまま当てはまる人柄と容貌、幅広い知識、人脈の広さ、そういったものが綯い交ぜの作家像であったが、本伝記を読んで、今まで抱いていたイメージはほんの一部の知識でしかなかったことを思い知らされた。

著者は、『百人いれば百の「吉行淳之介物語」がある』という。本伝記は著者の想いが籠もっていて、吉行淳之介と一体となって表された感動的な伝記である。
尚、本記事の中で、『 』 で括った部分は、本伝記のうちの出会いの部分を主体に、一部分をそのまま引用させて頂いたものである。

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コメント

人の評価というものは、面識のある間柄でも難しい。 まして、その人の作品や世評でしか知らない人物については、何かの折に、今までは思ったことのない部分を発見して驚くことがある。
Alpsさんは俳人だから、同一の句を人によって捉え方が違っているのに慣れていると思います。 そのような思考パターンの欠如している私は、今までに自分の持っていた情報にひずみがあったのを知ると、途方に暮れる気分になることもあります。

投稿: 佐久間象川 | 2009年9月25日 (金) 05時37分

佐藤氏のいう「百人いれば百の吉行淳之介物語がある」は至言。歴史小説を見ても、焦点の当て方で全く変わった結果が出るのは良く目にする所。
佐久間象川さんのように多方面から理づめで考えて結論を導き出してゆく手法の鋭さを見ていると痛快でもあり羨ましくもあります。
それにしても人の評価は、時代の流れも考えると難かしいですね。

投稿: Alps | 2009年9月25日 (金) 21時19分

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新政権の発足を喜ぶ、我々の仲間のブログ記事が続いて公開されているので、 私も同調して記事を一本書くことにする。:(後注★、参照)。 [続きを読む]

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