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2009年9月 3日 (木)

秋、三句

俳人協会・俳句文学館発行、平成21年9月俳句カレンダー所載の巻頭三句。

駅一つ花野の中に葬らる   佐藤郁良

 句集『海図』所収。初出は「銀化」平成18年10月号。
 郁良さんの文学経験からすれば、難しい漢字や難しい表現で、読み手の気を引く句は幾らでも出来そうだ。だが、郁良さんはそれをしない。掲句も難しくは書かれていないのだが、鑑賞となると難しい。廃線の駅を詩的に書いたと読めるが、別の読み方をすれば、駅を一つと数えているので小さな駅を想い、葬るは、覆い隠されたと読める。
 花野に小さな駅が覆い隠されている、と読んで景が鮮明に浮かぶ。同時に何故か懐かしさを伴う。季語の花野が中心になりそうだが、駅の存在が象徴的に心に残る。この駅は、郁良さんが幾つも通過してきた過去の駅(思い出)の中の一つ、そんな風に思えるのだ。花野の中にあるのだから若い頃の思い出。そして、それは封印してしまっただろう思い出。それが懐かしい。
 読み手にもまた通過してきた駅を懐かしく思い出させる句。それが初出の時から変らないこの句に対する印象である。(田口武)

露のせてゐて芋の葉の濡れてゐず   白濱一羊

 俳人協会新人賞を受賞した句集『喝采』所収。
 里芋の葉の表面には水をはじく性質があるため、白露は丸く固まったままころころと葉の表面を移動していく。つまり里芋の葉は、露を乗せても、露に濡れることがないのである。
 作者は芋の葉を凝視し、そのことを発見した。眼前の事象を当たり前のことと思えば何も起こらない。そこに不思議さを覚えた時に詩が生まれるのだ。
 そしてこの句が単なるトリビアリズムを超え佳句となった所以は、作者の澄んだ眼差しを感じるからだろう。師の小原啄葉はそれを「童眼」と評したが、至言である。芭蕉の「俳諧は三尺の童にさせよ」に相通ずるものがある。
 そしてこの句は七五五の破調だが、「の」「て」の繰返しでリズムが整えられている。凝視した時間の流れを象徴するかのようだ。
 作者は含羞の人。この句には、その真摯な人柄や句作態度がよく表れている。(深谷義紀)

秋の水ひかりの底を流れをり  井越芳子

 『鳥の重さ』には、掲句をはじめ、たくさんの「ひかり」が登場する。
 天地間のすべてのもの、山も、川も、花も、水も、「ひかり」があるからこそ美しい。作者の眼差しは、この「ひかり」を透き通った心で捉えている。対象物の表面を捉えるだけではなく、その裏側にまで迫っていく。そしてその眼差しの行き着いた先で、作者はひたむきに自分の言葉を探し求める。「ひかりの底を」という表現を得たことは、まさにそのことの証ではないだろうか。
 ここではただ「秋の水」しか詠まれていないが、「ひかりの底を」という措辞によって、この句は大きくふくらみ、読む者に不思議な余韻を残すことになった。
 また、墨量をおさえた書き振りには、乾いた秋の空気への思いが感じられる。
 澄み切った秋の空気は水の底にまで到達していて、読む者はとびきり爽やかな「秋」の中へと誘われる。(ローバック恵子)

佐藤郁良氏は、俳誌「俳句」に毎号「郁良と楽しく文語文法」を掲載している。今まで疑問に思っていたことや、知らずに誤った使い方をしていた文法に就いて、霧が晴れるように感じることがある。

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