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2009年7月10日 (金)

卒寿翁の句集「老楽」

俳誌「海坂(うなさか)」の重鎮であり、「馬酔木(あしび)」の同人でもある野原春醪氏から句集「老楽(おいらく)」を頂いた。

著者に就いては既に「晩学抄」で紹介したように大正3年2月生まれと言うから、既に95歳を越して尚矍鑠として後輩の指導に当たられると共に、今回は第5句集「老楽」を上木された。
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俳誌「馬酔木」の水原 春郎主宰は、同句集の帯文の中で次のように述べている。
   『 百寿待つ春の故山に抱かれて  春醪
春醪さんは卒寿をすぎてますます大人の風格を濃くされている。自然を愛し人を愛す悠々たる日々。今まさに人生の実りの刻、句も然り。あやかりたいものだ。』と、記されている。

句集名の「老楽」は、著者のあとがきによれば
『講談社「大字典」と小学館「日本国語大辞典」にある言葉から取りました。言葉の意味は「年老いて楽しむ」と解してありました。』とあるように、著者の生き方そのままを現している句集名である。

句集の構成は、第4句集「晩学」同様に春、夏、秋、冬、新年の5分類に整理されている。その中からランダムに且つ順不同に句を拾ってみる。 
   白木蓮を心の花に卒寿かな
   甚平の似合ふ卒寿となりにけり
   待春の切なる卒寿半ばかな
   百歳を目指す寒灸据ゑにけり
   百寿待つ春の故山に抱かれて
と矍鑠と生を楽しんでいる様子が手に取るようだ。
伊吹山北麓生まれの著者の、故郷に寄せる想いは一入強い。
   伊吹嶺の星をあつめて夜干梅
   湖と空つなぐ伊吹山の楤芽摘む
   この橋を越ゆれば生家豆の花
   伊吹嶺も闇濃き夏に入りにけり
   蛍火の闇青々と故郷かな
   伊吹嶺の神の旅立つ天狗風
と挙げだしたらきりがない。それほど故郷に寄せる想いは深い。
身は晩学と謙遜されながら勉学にいそしみ、
   新刊書めくれば匂ふ春の風
   晩学に励む夏帽買ひにけり
   菖蒲湯を出て晩学に励みけり
等々励んでおられるのが長寿への一因でもあろう。
著者の精神的な強さの一端を示す句が散見される。
   納得がゆかず苺をつぶしをり
   清らかに老ゆる思案の温め酒
   年初なり暫し頑固を慎まむ
父母への思慕も著者の優しさの一端か。
   花冷や空魚籠を提げ父戻り
   正露丸残し父逝く敗戦日
   三ケ日母の笑み皺増えてをり
   亡き母の未完の写経秋思満つ
奥様との生活を赤裸々に詠い、読者の心を打つ。
   老妻と家伝の味噌を仕込みけり
   病む妻の命いたはる炉を開く
   短夜の夢や仏の妻と酌み
   夏座敷遺影の妻と風分ち
   ありし日の妻の座に坐す良夜かな
お子さんを優しく見守りつつ、親の喜びも哀愁も詠う。
   立泳ぎしつつ見守る吾子ふたり
   嘉定梅遊学の子に持たせけり
   早世の子の忌近づく朴落葉
春夏秋冬新年の風景を詠った句は多く、平明な叙述と抜群の語彙の豊富さによって叙情が深められる。その中から好きな句を抽出してみる。
   護摩の火に闇の退く送水会
   初蝶の越えかねてゐる石舞台
   村滅び瀬々いきいきと山桜
   靄ごめの蘆の芽育つ輪中かな
   青むまで鎌研ぎ上ぐる麦の秋
   野生馬の嘶しげき海霧の中
   荒海へのけぞり枇杷の袋かけ
   大津絵の風神ゑまふ夏座敷
   蚊遣火を先づ焚く杣の夕餉かな
   青葉木菟寂びさびと声放ちけり
   満願の杖を納めし爽気かな
   胡麻叩く天下分目のいくさ跡
   鯔跳ねて八雲旧居の夕づける
   神島の釣の一夜を星流る
   実むらさき海野格子の寂び深め
   無言館木の実しぐれの中にあり
   千枚田その四五枚の蕎麦の花
   海野宿卯建のけぶる初しぐれ
   今も干す曲るまでほす懸大根
   広々と蕎麦を刈り伏せ北信濃
   羽衣の松の枝張る初日差
   初凪や島のましらの礒遊び
   田遊の一の矢天へ放ちけり
   木の匙で啜る卒寿の薺粥

老いて益々矍鑠たる著者の生き方は、まさに水原主宰の記されているとおり悠々たる日々とお見受けする。
句にも詠われているように百歳までもそれ以上もお元気でご活躍されることを祈念する。

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