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2009年7月21日 (火)

俳諧と人生

学生時代にお世話になった、阿部次郎の著作の中で一寸調べたい所があって、調べているうちに「俳諧と人生」と言う小論文があった。これは予期しないことなので、おおいに興味を惹かれた。

彼は中学時代(旧制)から高等学校時代(同)末期まで真剣にと言う意味では、あまり俳諧に関心の無かったが、その後同志二人と十余年に渉る芭蕉研究を通じて得たものは、事象を通して心を詠う俳諧の美に引き込まれてゆく経過が色々の角度から述べられている。
『芭蕉の「此一筋につながる」生涯に甘んずることが出来なかったら蕉風は遂に成熟せずに流産したであろう。』と芭蕉の功績をたたえている。

『俳諧の取り合わせにおのづからなる深さを与えるものは、万物に魂を打ち込むその魂の深さである。単純な写生の勉強はそれだけで決して俳諧の修練とはならない。これは写生の勉強を排斥する意味ではなくて、それが魂に徹底する向上の手段となることを要求するのである。それが一切の根源なる心の地の涵養として消化されることを要求するのである。』とも述べている。

記述内容は至極高邁に聞こえるが通読すると俳諧の真髄の一端を知り得て興味がある。なお本論文は大正十年(1921)前後の作と思われる。
そして戦後、桑原武夫の提唱した所謂「第二芸術論」とも対比して見ると、両者の俳諧に対する理解の程度が比較できて興味がある。

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