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2009年5月 5日 (火)

一粒の豆

今から20余年前、Y社に在籍していた頃、元NHKアナウンサーのSさんから聞いた話がある。一緒に聞いた人も何人か居た筈だが今は誰が一緒だったかは記憶にない。
Sさんによれば、この話は実際にあった話でフィクションではないという。その時の話の断片は、今も鮮明に覚えている。当時のメモを元に要約する。

一粒の豆を自分の生きがいにしているお母さんの話

お話に先立って
小学校3年生の兄と1年生の弟を残して、交通事故で父が亡くなった。父は加害者ということで、残された僅かな財産を被害者に没収されてしまった。残された母は他人の好意で、3畳くらいの物置小屋で、親子3人が勉強机と食卓を兼ねたミカン箱一つを置いて、細々と暮らしていた。夜遅くまで働く母も、6ケ月経ち10ケ月経つ内に次第に疲れてくる。そして死のみを考えて暮らすようになる。そんな或る日、母は鍋に豆を一杯入れて、今夜はこれを煮て食べるように兄にメモを残して、いつものように兄弟が寝ている内に働きに出かけた。
兄はそれを煮て弟に食べさせたけれど、しょっぱくて弟は水をかけて食べて寝てしまった。

帰って来たお母さんが見たものは、お兄ちゃんが書いた手紙だった。
「お母さんご免なさい。でも、お母さん僕を信じて下さい。僕は一生懸命に豆を煮たんです。お母さんお願いです、僕の煮た豆を一粒だけ食べて下さい。そして明日の朝、僕にもう一度豆の煮方を教えて下さい。だからお母さん、明日の朝はきっと早く起こして下さい。今夜もご苦労様でした。お休みなさい。」

夜遅く仕事に疲れて帰って来た母は、その手紙を見て泣いた。
お兄ちゃんはあんなに小さいのに、こんなに一生懸命に生きてくれたんだ。申し訳なかった。母はお兄ちゃんの枕元に座り、お兄ちゃんの煮てくれた、そのしょっぱい豆を一粒一粒おしいただいた。周囲にたまたま煮てない豆が一粒残っていた。お母さんはそれを、お兄ちゃんが書いてくれた手紙に包んで、四六時中肌身離さず持って働いた。

10数年が経った。その間お兄ちゃんは塾へも行かず、夜は電気代節約のために、暗くなると電気を消してすぐ寝る毎日だった。
そして昭和50年、お兄ちゃんは大学を卒業して就職した。
「もしあの晩、お兄ちゃんが、この手紙を書いてくれなかったら私たちは、あの晩死んでいたでしょう。」と、後にお母さんはしみじみと語った。

今日は「こどもの日」。こんな話を聞いた事を思い出した。

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コメント

こどもの日のテレビで、バカが大食いする姿とか、超豪華レストランでの風景などでなく、この様な話を放映してくれれば良いのに、と思いました。

投稿: 変人キャズ | 2009年5月 6日 (水) 03時17分

最近の子供(親も)は、耐えるということが出来なくなった。「おしん」も過去のものになった。心より物質的なものを、希望より目先の快楽を望むようになった。
「こどもの日」にあたり、お説の様に感じます。

投稿: Alps | 2009年5月 6日 (水) 14時23分

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