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2009年4月 8日 (水)

再度、或る出会い

旅先の懐古園で偶然太田さんと出会ったのは2007年11月。

その後太田さんと直接お会いしたことはないが、その時の旅行の記録を送って頂いたのが活字上での再度の出会いだった。

そして今度、改めて「エッセイ集」が送られてきた。内容は省略するが、「木曽観光のあり方に就いて」がメインで、「木曽よもっとやさしく」のタイトルでこれからの木曽観光に就いての意見が述べられている。

他に「歴史は水に流して済むものではない」「生活者の言葉が聞こえてこなくなった」等のタイトルで想いを述べている。

私も返信を兼ねて想いを送った。

「木曽よ もっとやさしく:どうするか、これからの木曽観光」を読んで思い出すことがあります。

昨年11月に岐阜県白川郷へ、会社のOB会旅行で行って来ました。白川郷と言えば御地と同じ岐阜県ですが、その北端で富山県に近い処。浜松からそんな遠方まで出掛け現地でも結構楽しむ時間が取られた上での日帰りのバス旅行など考えられなかったのですが、東海環状自動車道や東海北陸自動車道が開通された為に、思いもよらぬ日帰り旅行となりました。

しかし行って見て観光バスが連なって走り、どっと吐き出される観光客が波を打つように郷に入り、白川郷は白川銀座の感があり、昔日のひっそりとした佇まいがその影を失っていたのには正直なところがっかりしました。かなり前に行った時の記憶の中の白川郷は、もっと閑静で素朴な景であったし、それを期待して行った者には、余りにも想像の埒外の景に接して言葉を失った。

飯田市に大平宿(おおだいらしゅく)という場所があるのはご存知と思いますが、一夜にして全村民が離村し、無住の村となりました。そこへ中京の資本が入ると聞いた飯田市がその地を確保し管理して、旧宿場町の景を温存したために、今は学校の教材ともなり歴史を尋ね、自然の中に昔の姿そのままの宿場の景を求める人たちは時々訪れては感懐に浸っていたのを思い出します。恐らく中京の資本が入ったら又、現在の白川郷と同じ運命を辿ったであろうことは容易に想像が出来ます。ただその維持に関係者が努力していることも忘れてはならない事だと思います。

こんな経験をしてみると、貴著のご意見を至極当然と思います。

信州人にとって木曽は心のふるさとのようなところ。信州出身の私はちょくちょく長野へ行きますが、名古屋から長野まで中央西線のL特急に乗る。
木曾谷を行く電車の旅は心を和ませる。中津川を過ぎると木曽路。高い山に深い谷。白い川原と清冽な流れ。寝覚めの床や木曽の桟。寄り添う中仙道。古刹や宮居の森。素朴な民家やなりわい。厳しい冬には冬の、春秋には春秋の、夏には夏の風情がある。信州人にとってはなんとなく心やすまる風景。
信州からの帰路は新幹線を使う。新幹線は味気ない。トンネルと衝立の中に閉じ込められた世界。ただ時間の早いのが取り柄。自然を見つめようとする人にとっては馴染めない。

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写真左は3月末に高山を訪問した時のもの。右は昨年11月に白川郷を訪問した時のもので、高山も御多分にもれず観光化されて(私自身もその観光客の一員)人で溢れていた。

観光と自然との共存という面を経済面から見ると、それなりの問題が存在することは当然ながら、何も手を打たなければ何の解決にもならないのは自明の理。貴「これからの木曽観光の試案」はその解決の一端となるものと思います。

生活者の言葉が聞こえてこなくなった
私がかつて旧友に、高柳健次郎氏は技術者としても立派だが、国に働きかけて研究費を出させた政治的手腕の持ち主でもあったと書いたら、彼からの返信に「これから100年もしたら全く違う評価になるだろう」と言ってきた。
瞬間的に私は吃驚したが、かつて大宅壮一氏が「一億総白痴化」と言った言葉を思い出した。今のチャンネルを廻して見ると彼の言葉が思い起こされる。

貴「一般教養はすぐに役立たないと軽んぜられ、一般教養の上に専門知識が積み上げられることによって豊かな人間形成が為されるといった人づくりはどこへやら、本を読まない専門馬鹿を大量に生み出しているのが現状である。一般教養とは、物事の本質を捉える知識、他者を理解する能力・度量、不正不条理と戦う勇気の3つからなっていると小宮山東大学長は述べている。」とありますが、今のTV、携帯・PC等の書き込み等を知ると将に生活者の言葉が聞こえなくなったと言わざるを得ないと思います。

歴史は水に流して済むものではない」には、明治人の教養と国家感を想起し、現代人のそれとを比較して戦後教育のあり方を、戦略がらみの問題として捉えても、取り戻すには戦後の経過時間の倍以上の時間を要するものと思います。

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