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2009年1月25日 (日)

句集「太郎杉」

鶴見一石子さんから、句集「太郎杉」を頂いた。

Photo_4 著者の「あとがき」によると、概略次のように述べられている。

『昭和33年に西本一都先生が盛岡地方貯金局から宇都宮地方貯金局に赴任されてから俳句の指導をいただき、爾来50年近い歳月が流れた。

白魚火に入り、初めて一都先生の選評を受けたのは、32歳の作品
   手で均す木天蓼(またたび)筵秩父路や  一石子
「…現代俳句らしい才気…」との身に余る言葉を頂いた。……昭和63年頃より、一時投句を休んでいたが、平成3年に40年の公務員生活を辞したのを機に、白魚火に再び投句をはじめるようになった。……句集発刊を機に、初学のころの気持ちを大切に、これからも句作りに励んでいきたい。』と述べている。

句集名の「太郎杉」は、
   雷去りし雷の匂ひの太郎杉  一石子
からとられたもの。

著者は現在宇都宮市に居を構えている。
太郎杉は、著者の居からは比較的近い日光東照宮の杉並木のうちの一樹で、白魚火の仁尾正文主宰が序文の中で次のように述べている。
『日光東照宮の13000本の杉並木の中の第一等の杉である。神橋の橋詰に聳えて樹高43m、幹囲4.6m、樹齢550年と言われる。高い木であるから「いかづちの国」栃木の雷に何回も襲われ損傷した大枝もあり決してスマートではないが逞しく、威厳はいささかも衰えていない。句は太郎杉の一所を雷が危めて雷の匂いが残っている場面を描いて迫力がある』と記されている。

句集は、「座禅草、一布衣、遠刈田(とほがった)、太郎杉、爽やか」の5章からなる。

わが俳句足もて作る犬ふぐり 西本一都」は、白魚火俳句のモットーで、本句集も足もて作った句が多い。
   かまくらの化粧直しの手鏝かな
   寒梅や白布の上の居合刀
   綿菅の空どこまでも会津領
   風の盆明治のままの辻格子
   温突の部屋の木椅子の小座布団
   昆布にも裏表ありこれが裏
   太鼓材もとめて冬の山に入る
   股焚火太鼓師木地師差し向ひ
   寒梅や仕上げ鞣しに胡粉打つ
   若者に入墨流行る西鶴忌
   国後の雲の中から渡り鳥
若者と西鶴忌の取り合わせが面白い。
固有名詞の入った句も多く見られるのは、精力的に吟行を重ねている証の一つでもあろう。
   常磐木の落葉しづけき立石寺
   渋民駅ホームに剩る葛の花
   しかと踏む謙信の地の菖蒲の芽
   喧嘩侫武多闇が何かをけしかくる
    狐火を見たくて着きし遠刈田
   大浅間小浅間昏るる雁の列
   男体の泰然自若冬に入る
この中で遠刈田(とほがった)という固有名詞は蔵王山麓の温泉町という。
心象風景もよく捉えて、
   白樺に風の籠りて枯れ急ぐ
   漉積みの紙のしづくの春めけり
   座禅草天衣無縫の座なりけり
   一布衣の身を春風の渡し舟
   明日ひらく牡丹の緋の息づかひ
趣味の囲碁は玄人はだし(日本棋院の4段)。
   年輪の艶ます碁笥や秋灯
   囲碁歴は二十五年や菊の酒
本句集名となった日光東照宮の太郎杉は、著者にとっては自ずから心休まる存在でもあろう。
   雷去りし雷の匂ひの太郎杉
   爽籟や雨上がりたる太郎杉
   太郎杉どかつと雪を落しけり
   太郎杉に倚れば樹の声虫の声
著者の人生観の一端も表現されて、
   心頭滅却色即是空萩の風
   世事のこと知らぬ存ぜぬ葱坊主
   聞き流すことも大切白団扇
   爽やかに句は作るべし生くるべし
人は皆歳をとる。しかし「余生とは言はで生きたし茄子の花」と詠っている俳人もいる。人生に余った生などないとの意か。
   右向けば左を忘る夏帽子 
   晩年は迷ひの多き懐手
   流星やかくも晩年足早に
があるが、晩年と言うには著者は若すぎる。

一石子さんの土地に根付いた生き方を感じ、爽やかな読後感を頂いた。

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