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2009年1月30日 (金)

課外授業、ようこそ先輩

25日(日曜日)の午後、偶々1時からのNHK総合TVで、「課外授業、ようこそ先輩」を見るともなく見ていて惹き込まれた。
時々この番組を見ることがあっても途中でやめてしまう事が多かった。ところが当日の講師である新井満氏の授業を見ていて何か興味を惹かれた。

彼の母校である中学校の後輩に対する授業で、そのテーマが、「生と死について」。
中学校の生徒にどんな手段と話し方で、それを理解させることが出来るのだろうか。そう考えるとまだ年端のいかない生徒にとっては遠い未来のことであって差し迫った問題ではないだけに理解を得ることが困難なのではないかと思った。

講師の新井満氏は、小説家・シンガーソングライターでもあり「千の風になって」の訳作詩家として知られている。
彼の言葉から引用すると、ある悲しい経緯(詳細は略)があって、『原詩となる英語詩を何ヶ月かかかって探し出し、それを翻訳して私流の日本語訳詩を作りました。それに曲をつけて歌唱したのが、この度の「千の風になって」という歌です。』と述べている。

彼の課外授業は異色だった。生とか死とか言う概念に就いて判り易く説明しても、生徒にとっては所詮他人事にしか思えなかったのは当然の成り行きだった。

その後、生徒一人一人に大きな画用紙を渡して、彼らが夫々大切にしているものとか、愛しているものとかを描かした。
それを元に個別面接で、なぜそれがあなたにとって大切なものなのか、なぜそれが愛するものなのか、なぜ掛け替えのないものなのか等に就いて会話してゆく。
生徒が漠と考えていた内容について講師が色々の角度から聞き出してゆくうちに、生徒が考えて描いたものの奥に大切な内容が潜んでいることを感じ、やがて表面的に漠と考えていたことが何か形のあるものとして立ち上がってくる。
そして世の中には自分にとって掛け替えのないもの、感謝しなければならないもの、知らないうちに受けている恩愛等を知ると共に、それらを伝えてゆく役割があると言われる。そんな話をしている内に、自分が描いた画用紙の中身が生きているように感じるようになる。

その上で、校庭の真ん中に大きな火床を作り、生徒一人一人が順に、自分の描いた画用紙を火に曝して燃え上がりやがて灰となってゆく過程をじっと見つめる。
涙を流す生徒、ため息をつく生徒、立ち尽くす生徒もいる。
目の前で起こっている現実から、おぼろげながら主題の「生と死」について何かを感じ取っていったようだった。そして「」を大切にすることや自分の役割も。

この課外授業を見た人も、夫々の意見や想いや感動もあろうがそれは人夫々であって良い。しかしいずれにしても心に残る授業であったことには間違いない。

先輩であり講師であった新井氏が、課外授業を終えて、手を振りながら生徒と別れてゆく。生徒の顔の晴れやかだったのが印象的だった。

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2009年1月25日 (日)

句集「太郎杉」

鶴見一石子さんから、句集「太郎杉」を頂いた。

Photo_4 著者の「あとがき」によると、概略次のように述べられている。

『昭和33年に西本一都先生が盛岡地方貯金局から宇都宮地方貯金局に赴任されてから俳句の指導をいただき、爾来50年近い歳月が流れた。

白魚火に入り、初めて一都先生の選評を受けたのは、32歳の作品
   手で均す木天蓼(またたび)筵秩父路や  一石子
「…現代俳句らしい才気…」との身に余る言葉を頂いた。……昭和63年頃より、一時投句を休んでいたが、平成3年に40年の公務員生活を辞したのを機に、白魚火に再び投句をはじめるようになった。……句集発刊を機に、初学のころの気持ちを大切に、これからも句作りに励んでいきたい。』と述べている。

句集名の「太郎杉」は、
   雷去りし雷の匂ひの太郎杉  一石子
からとられたもの。

著者は現在宇都宮市に居を構えている。
太郎杉は、著者の居からは比較的近い日光東照宮の杉並木のうちの一樹で、白魚火の仁尾正文主宰が序文の中で次のように述べている。
『日光東照宮の13000本の杉並木の中の第一等の杉である。神橋の橋詰に聳えて樹高43m、幹囲4.6m、樹齢550年と言われる。高い木であるから「いかづちの国」栃木の雷に何回も襲われ損傷した大枝もあり決してスマートではないが逞しく、威厳はいささかも衰えていない。句は太郎杉の一所を雷が危めて雷の匂いが残っている場面を描いて迫力がある』と記されている。

句集は、「座禅草、一布衣、遠刈田(とほがった)、太郎杉、爽やか」の5章からなる。

わが俳句足もて作る犬ふぐり 西本一都」は、白魚火俳句のモットーで、本句集も足もて作った句が多い。
   かまくらの化粧直しの手鏝かな
   寒梅や白布の上の居合刀
   綿菅の空どこまでも会津領
   風の盆明治のままの辻格子
   温突の部屋の木椅子の小座布団
   昆布にも裏表ありこれが裏
   太鼓材もとめて冬の山に入る
   股焚火太鼓師木地師差し向ひ
   寒梅や仕上げ鞣しに胡粉打つ
   若者に入墨流行る西鶴忌
   国後の雲の中から渡り鳥
若者と西鶴忌の取り合わせが面白い。
固有名詞の入った句も多く見られるのは、精力的に吟行を重ねている証の一つでもあろう。
   常磐木の落葉しづけき立石寺
   渋民駅ホームに剩る葛の花
   しかと踏む謙信の地の菖蒲の芽
   喧嘩侫武多闇が何かをけしかくる
    狐火を見たくて着きし遠刈田
   大浅間小浅間昏るる雁の列
   男体の泰然自若冬に入る
この中で遠刈田(とほがった)という固有名詞は蔵王山麓の温泉町という。
心象風景もよく捉えて、
   白樺に風の籠りて枯れ急ぐ
   漉積みの紙のしづくの春めけり
   座禅草天衣無縫の座なりけり
   一布衣の身を春風の渡し舟
   明日ひらく牡丹の緋の息づかひ
趣味の囲碁は玄人はだし(日本棋院の4段)。
   年輪の艶ます碁笥や秋灯
   囲碁歴は二十五年や菊の酒
本句集名となった日光東照宮の太郎杉は、著者にとっては自ずから心休まる存在でもあろう。
   雷去りし雷の匂ひの太郎杉
   爽籟や雨上がりたる太郎杉
   太郎杉どかつと雪を落しけり
   太郎杉に倚れば樹の声虫の声
著者の人生観の一端も表現されて、
   心頭滅却色即是空萩の風
   世事のこと知らぬ存ぜぬ葱坊主
   聞き流すことも大切白団扇
   爽やかに句は作るべし生くるべし
人は皆歳をとる。しかし「余生とは言はで生きたし茄子の花」と詠っている俳人もいる。人生に余った生などないとの意か。
   右向けば左を忘る夏帽子 
   晩年は迷ひの多き懐手
   流星やかくも晩年足早に
があるが、晩年と言うには著者は若すぎる。

一石子さんの土地に根付いた生き方を感じ、爽やかな読後感を頂いた。

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2009年1月14日 (水)

宝船

   七人は重たからずや宝船

俳人協会・俳句文学館発行、平成21年1月俳句カレンダー所載句である。
作者は鷹羽狩行氏で、大西素之氏の解説がある。

『宝船の絵は当初、帆掛舟に米俵を積んだだけの素朴な絵であったが、徐々に金銀財宝や縁起物が持ち込まれるようになり、宝永年間にはついに七福神までご乗船の仕儀に-。
 立錐の余地もない宝船の絵を眺めながら、「七人は重たからずや」と呟いて微苦笑している作者の表情が見えるようである。「や」は反語の終助詞であるが、切字として詠嘆の機能も果たしている。
 元来、宝船の絵は節分の夜に枕の下に敷き、見た夢で吉凶を占って、悪夢の場合は川に流したと伝えられている。
 その後、次第に夢占や厄払いの要素は薄れ、元日の夜の枕に敷いて良い初夢を願うだけのものになった。その風習も今日ではほとんど廃れてしまったので、作者が実際に敷いて寝られたかどうか定かでないが、さて夢の首尾は?
  初夢をさしさはりなきところまで  狩行
 肝心のところで肩透かしを食わす心憎さ-。
 熟練の軽妙・自在な作品が増えた句集『十五峯』所収。(大西素之)』

作者鷹羽狩行氏は、Wikipediaより一部抜粋すると、『山形県出身。山口誓子・秋元不死男に師事。1965年、句集『誕生』で俳人協会賞、1974年、句集『平遠』で芸術選奨新人賞授賞、1978年より俳誌「」を主宰。2002年、『翼灯集』『十三星』で毎日芸術賞受賞。2008年、『十五峯』で詩歌文学館賞受賞、蛇笏賞受賞。俳人協会会長、日本文芸家協会理事。
俳句表現における言葉の選択を重視する。鋭い感覚、奔放で大胆な表現が特色。』

新年早々から暗いニュースばかりが目立つ中で、このような軽妙で洒脱な句は、気持ちにゆとりと明るさを齎してくれる。
   流星の使ひきれざる空の丈(たけ)  狩行
など、スケールの大きな句もある。

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2009年1月13日 (火)

参道ことわざのみち

西国33観音の第32番札所に繖山(きぬがさざん)観音正寺(しょうじ)がある。
滋賀県蒲生郡安土町の標高433mの繖山頂上近くにあり、参道は札所の中でも難路として知られている。
Photo_8 Photo_9
写真の本堂は平成5年に消失し、平成16年に落慶した木肌も白い本堂である。
眼下には蒲生野と呼ばれる平野が開け、万葉集に残る有名な額田王と大海人皇子の歌の舞台である。
Photo_5 本尊は千手を刻んだ光背を付けた、丈六千手千眼観世音菩薩像でやはり平成16年に開眼された。
聞くところによると、材料のインド産白檀は、国外持ち出し禁止となっているが、インド政府から特に許されて得たという。

昨年11月に参拝した時にこの参道を歩いたが、その長い路の辺に写真のような諺を書いた立て札が適当な間隔を置いて立っている。
長い参道もこの諺を読みながら上ってゆくと、いつの間にか本堂に辿り着くように仕組まれているように感じた。

その一連の諺を「参道ことわざのみち」と題する小冊子にしている。その序によると『先人はたくさんの名言、名句を残し後世の人々に言い伝え、現在の我々に希望と反省を与えてくれています。云々』とあり、麓から本堂まで1から33までの諺が書かれている。
受け止め方は人夫々であろうが、的を射た言葉を連ねているのでそのまま書いてみる。

 1.人の一生に厄年はない、躍進の「やく」を考えよ
 2.今日一日を大切に感謝の気持で最善をつくそう
 3.祖先は自分の中に生きている、祖先の徳に感謝しよう
 4.人生には真の失敗はない、前進する一過程である
 5.安易な生活からは人生の貴重な体験は生まれない
 6.楽なことを幸福と思っていては人生の深い喜びは味わえない
 7.姿かたちを真似るよりその人柄の良さを学ぼう
 8.人知らずとも良心これを知る
 9.子供は両親の言う通り行動しないで、する通り行動する
10.夫婦の円満は互のはたらきを感謝し合うことから生れる
11.楽しい人生の中には必ず苦しい時代の経験が生きている
12.言いわけはすればする程自分をみじめにする
13.友情とは二つの身体に宿る一つの魂である
14.明日は何を為すべきかを知らない人は不幸である
15.人を笑わすよりも自分が笑われぬようにせよ
16.積善の家には必ず余慶あり
17.行き詰りは環境のせいではない、自分の心の行き詰りである
18.失敗を恐れるな、成功は失敗のつみ重ねである
19.わが子は深い愛情で育てられながら親を養うことは忘れ勝ちである
20.その人を知らんとすればその友を見よ
21.真の礼儀は人を尊ぶ心を形に現すことである
22.金を貸せば友と金とを共に失う
23.食物に対して文句の多い人程健康を害している
24.最も幸福な人はいつも行動している人である
25.友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にする
26.かけられている迷惑よりかけている迷惑は気づかない
27.責任を負ってこそ自由がある、責任のない自由は許されない
28.相手だけ責めるから争になる、反省の余地はまだある
29.真心から出た言葉は相手の心をも動かせる
30.人間は逆境にきたえられて自信と確信が生れる
31.一歩一歩の尊さ
32.人はあるものを粗末にし、ないものを欲しがる
33.昨日より今日、今日より明日 

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2009年1月12日 (月)

初日の出

朝の早いのには弱いが、今年は思い立って初日の出を見に行った。
と言っても出を見る人の殺到するような場所ではない。三方原台地の縁の見晴らしの良い場所から、10人そこそこの見知らぬ人達と一緒に、遠州平野を通して見遥かす磐田原大地からの初日の出を拝んだ。
Img_5861
新年になってからもう10日も経った今頃こんな記事を出すのには、それなりの理由があるが、とにかく初日の出を拝した時に瞬間的に感じた印象は、
    天地(あめつち)の始めもかくや初日の出
である。何の脈絡もなく、天地創造などといった神々の昔もこのようだったのかなとの想いが、一瞬頭の中を駆け抜けた。
次第に空が赤みを増してきて一閃の光芒が走ったかと思うと見る間に光が闇を追い落としてゆく光景は感動的だった。

旧友Y氏は2000年の最後の入日を、太平洋上で拝した感動を記したことがある。20世紀が終わり、21世紀の幕開けを、生きて迎えることの出来る幸せを私もその記事からしみじみと感じた。
亡くなった友人H氏とは、ハワイのマウイ島から母国の方に沈む入日を、また日向灘の彼方から上がる日の出を拝した時の感動を今もまざまざと思い起こす。

入日は感傷を、日の出は活力を感じさせる。
2009年の初日は一朶の雲もない空に神々しかった。

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