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2008年9月29日 (月)

懐かしきもの

楽器メーカーである日本楽器現ヤマハ)は、その商品構成がピアノオルガンそれにハーモニカという時代があった。
しかし、やがてハーモニカは脱落し、その売り上げの大半をピアノやオルガン、特にピアノに頼っていた。
そんな中で当時の川上源一社長は会社の将来を見据え、大多数の役員の反対を押し切ってエレクトーンの生産に踏み切った。これは当時としては大きなリスクを負う決断であっただけに、多くの反対意見のあったことも頷ける。
しかし数年後には社長の予見どおり、オルガンの売り上げを抜き去り、主力商品の一角を築き上げた。将にエレクトロニクス化の魁となった商品がエレクトーンであった。
以後のヤマハは、エレクトロニクス化を更に進め、楽器事業を核とする多角経営の道を辿り、世界のヤマハに成長した。

因みに、このような経緯を経て生れたエレクトーンの中でも、割合初期に属する段階で作られ、名器と言われたエレクトーンD-2Bがある。デザインも外装も音質も機能も一際すぐれていた。
D2b
Img_4977_2 
写真はそのエレクトーンで、背面に品番等の詳細が記されている。当時のエレクトーン生産に関与した者にとっては懐かしくも忘れ難い商品である。

これを契機に楽器業界もエレクトロニクス化が進むことになった。1960年前後のことである。

エレクトーンに絡む話は、経営者の先見性と決断の重要性を語る実例として関係者の間では良く知られた話である。
川上社長は更にヤマハ発動機を興し世界企業まで発展させた。その動機は先のヤマハのそれとは異なるものの、その決断に就いてはヤマハの時と同様な経緯であった事も関係者の間では知られている。 

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