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2008年5月 3日 (土)

一文字の意味

現役時代の最後の10年余は大阪へ出張する事が多かった。しかし仕事の前後に、大阪城を始め大阪の街を散策した事もない。
通過する京都はある事情があって降りる気になれなかったが、それ以外は出張の帰路など、一寸歩を延ばせば多くの歴史や遺産や自然を楽しむ場所が周囲には沢山あったものを、今から考えるとそんな機会をあたら逃した事を勿体ないことをしたと思う。奈良の古寺をちょくちょく訪れたのがせめてもの慰め。

俳人協会・俳句文学館発行、平成20年5月の俳句カレンダーに掲載されている茂(しげり)恵一郎氏の句の解説文を読んで、そんな機会を失った事への懐旧の念を一入増した。

  樟旺ん人ら旺んに夏めけり   茂恵一郎

富本章三氏の解説文に依ると、『平成14年作。句集「二乃座」所収。句集の帯に「虚子との句会に並び、立子に教えられ、爽雨に習ってきました」と、書かれている。
 作者はそこで学んだ天然の事象を詠むことが好きで、一刻も止まっていられないらしく、関西へ見えた時も、一句会だけでは物足りなくて、若手との勉強会、さらに吟行句会と精力的に動かれた。
 ある句会の時、「」と書いた句を「」とすれば樟脳の匂がしてくると添削。私は何気なく開いた広辞苑に、樟(楠)は「全体に佳香がある。5月頃、黄白色の小花をつけ、材は堅く樟脳を採る」とあって、添削一字の恐しさを知った。
 そしてこの句。華やかな桜も終って、樟若葉の萌える大阪城の一番櫓のあたりの作かも知れぬ、と思った。
 別の作に〈句碑いつも大秋晴や梅あたたか〉もあるが、爽雨句碑〈刻々に大秋晴となる如し〉と、いかにも意気の合った句である。
 大阪城公園は作者の俳句道場。しかも5月は、樟も人も生きとし生ける物すべてが眩しい。』

同上の句と並んでの所載句に
  芍薬の深山の雪といふしろさ  野見山ひふみ
もある。昨年5月の同カレンダーにも同句が掲載されているが、それには
  芍薬の深山の雪といふ白さ
と、「しろさ」と「白さ」一字違いで掲載されている。今年所載の句は著者の短冊があるからそちらの方が著者の本意であろう。

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