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2008年3月27日 (木)

句集「放神」

橋本榮治氏より句集「放神」を頂いた。

著者のあとがきに依ると、

「本句集はほぼ作句順に平成16年半ばからの作品を収める。第3句集『越在』(平成12年から16年の作品)とは発刊が前後するが、年代順ではこの句集が私の第4句集になる。……昨年は編集長として馬酔木千号や記念出版物ほかの編集、さらに同人会副会長の役をおおせつかっていたために多忙を極め、本シリーズの締切りとの関係で、句稿が比較的整えやすい第4句集の刊行が先という変則になってしまった。」と、ある。
あとがきにはないが、「羽公・瓜人全句集」発刊の監修も、前後する時期に氏が進められた事業で、
いずれにしろ超多忙の中での本句集刊行という背景がある。

 句集は「客衣、雪中、みちのく、衷心、師系、花どき、山中」の各章に分かれ、「創作の分野では旅に学ぶことが多々あるのを改めて教わった。多くの俳人が非日常の景に触れることで自らの創作行為を自覚し、作風をつくり上げてきたあとをここしばらくは追いたいと思う。」と著者は言う。
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感動した句を拾い上げたら切りもないが、私的視点から鑑賞する。

   

景の描写が季感と共に、こんなにも豊かに表現出来るものか。吟行の足跡が自ずから見えるようだ。「甲斐駒の荒肌迫る朝桜」も著者の句だが、山国に育った私には実感がある。

  ゆつくりと海盛り上る桜どき      

  かなへびの尾を切つて来る炎暑かな  

なかなかに沈まぬ夕日初鰹

やうやくに慣れたる暑にも名残あり

存念の仁王を密に雪囲    

  まだ力抜かぬものたち冬の水       

  炉語りの狐狸におよびし通り雨

  梅雨寒の木々凭れあひ背き合ひ

  径濡れて来て滝音のいまだせず    

読んでいて思わず微笑んでしまう滑稽味のある句も点在する。

  売る気なき顔で海鼠を売つてをり    

  ときにゐる真つ当なひと滑子汁     

  祭酒ひとりは寄付を数へをり     

 心の奥底のもの、心象や意気込みといったものがそこはかとなく滲む。「人も樹も影は漆黒さくら満つ」も著者の作。                

    蛇穴を出づるおろかに肉食へば     

麻地酒酌み老いまいぞ老いまいぞ   

        どう言ひつくろふも蟻の穴ひとつ   

   断念もなき筆跡や秋澄める      

   今昔の今があいまい薺粥      

   しんしんと桜降るのみ眠るのみ    

   卯の花腐し何も持たざる手が重し   

   不器用に生きて長生きなめくぢり   

   かなかなやよしなしごとに身を入れて 

 無常の世の中にあって命をいとおしむ心は誰でも抱いている。それを時に感じ時に深耕し、どのように詠ってゆくか。「さくらさくら来世に会はむ人ひとり」も著者の句。

   ゆつくりと声はとしとる初謡     

赤子てふ熱きもの抱く菊の雨      

   観音に瞬の千年帰り花       

観音に来ててふてふもげぢげぢも   

   超空忌荒磯の沖に何も見ず      

   残る蝉天日にこゑひき絞り      

   ゆふざくら一病のみに人は逝き    

 洗練された表現方法は読む人に、思わずこんな詠い方があるのかと思わせる。「さもありて梅に支え木人に杖」も著者の句。

   地のクルス胸のクルスもひかり夏    

   空に鳥窓に人ゐる春の暮        

   蝉時雨だらだら坂をだらだらと    

   かなぶんぶん飛んで子の声風の声   

   深山また深山を蔵す葛の花      

 肉親の情愛、師弟の敬愛の情にも心を打たれる。特に御妹様の一連の句は胸を打つ。「寒鴉死を諾はぬものは泣かず」「うしなひつうしなひつつも春待てり」「梅ひとつふたあついもうと失ひき」「あはくあはく妹の夢見て梅真白」。

  冥く冥く真昼のことを水仙花      

   ねむれざる幾夜かりがね帰らむか  

   ぬるき温泉に肝胆沈め芒種かな   

   群青の神みそなはす滝ならむ     

   遠き子を思へば小鳥来りけり     

   妹死してのちのえにしを梅咲けり  

 矢張り吟行句が多いのは、著者が述べているように、創作分野では旅に学ぶ事が多々あり、非日常の景に触れることで自らの創作行為を自覚し作風を作り上げてきたことに依るという。

   木曾殿に芭蕉に飾れ冬の菊 (義仲寺)

   蓬摘む天の伊吹山の雪けむり     

   黒川能らふそく守の夜を徹す(庄内)

   軟らかき水につかへて寒造 (月山水)

   高曇る甲斐の山々栗咲ける      

   罅割れてゐる壁の画も蝉声も(無言館)

   火祭のゐさらひ美しき漢かな(鞍馬火祭)

   加賀の夜を老いし桜と遊びけり    

   旧端午北信五岳立ち競ひ       

心の陰影も心情吐露の一面、「闇(暗)」も亦その表現の一面か。著者の心奥にあるものの一つの表現であろう。

   風吹いて鵜籠に動く昼の闇       

   吹かれては闇を抜けくる落花かな    

   蛇出でて愚直の暗を目指しけり    

   鳥追の豊かに闇を囃しけり     

   闇ひとつなり狐火も亡き人も     

   闇呼んで柱松明まだつかず      

   五月闇踏んで信長墓処       

   夜の闇にものの目ふたつ敗戦日    

発想の飛躍、研ぎ澄まされた感覚、洗練された表現力に圧倒された。著者のスケールの大きさが昇華されている感じの本句集に、深い感銘を覚え爽やかな読後感を頂いた。

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