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2008年1月16日 (水)

続、或る出会い

小諸の懐古園で出会ったO.H.さんから、2007年11月末に1泊2日の旅をされた「千曲川の流れに沿って」と題する旅行記とスケッチが送られてきた。

旅行記に依ると、初冬の数日間を無為に過ごす事もないので、当初は2泊で佐渡へ渡ってみようかとも思ったが、詩情豊かな千曲川の流れを訪ねてみようと思い直し、川下から川上への1泊2日の旅をしてきたという。
内容を拝見すると、私の故郷に近い所をずっと経巡った旅行記になっているので非常に懐かしく興味と親近感を覚えた。

旅行記から一部引用させて頂くと、
『木曽福島から乗車したが既に5分以上の遅れが出ている。長野での乗り換えは僅か2分としたら物理的に間に合わない。待ってくれるかどうかと車掌に尋ねたら「私たち(JR東海)は次の塩尻で交代します。あとは会社(東日本)が違いますから何とも言えません」もっと返答の仕方がありそうなものを。縦割り日本社会での横の連携は苦手とするところか。いつも米原(JR東海、西日本)でそれを味わっている。』

『長野での乗り換えにどうにか間に合った飯山線は、2両編成のディーゼル車、豊野で本線と別れしばらくすると右手に千曲川が寄り添ってきた。進行右側に端正な雪山が現れてくる。乗務員にその山の名前を尋ねたら「私はこの土地の人間ではないから知らない」と、次第に雪が目立ち始め替佐駅辺りからローカルの旅情豊かになり、赤い屋根の集落が美しい。』

『有数の豪雪地帯らしくラッセル車が待機している。45分で飯山に着く頃には雨となった。予想以上に寂しく小さな駅だが小屋根つき門構えの恰好いい姿、プラットホームには寺の町らしく梵鐘がでんと控えている。この雨ではとても七福神巡りも出来ないのが心残りである。…駅前の地面には融雪のノズルが沢山埋められている。』

『野沢温泉行きのバスには地元の人が結構乗っている。この辺りの千曲川は川幅も広く水量も豊富。…40分で野沢温泉に着く。坂の町らしく何処へ行くにも平坦路はないロマンチックな洋館はおぼろ月夜の館、「ふるさと・おぼろ月夜」の作詞家高野辰之は替佐で生まれ、晩年をここで過ごした所だが…将に山は青きふるさと、水は清きふるさと…職員の女性に「私は死ぬ時には荒城の月とこのふるさとを持ってゆく」といったらポカンとしていた。』

1 スケッチは千曲川と高井富士(JR飯山線替佐駅附近)
(写真はクリックで拡大します)

翌日は千曲川を遡る。昨日とは違って晴天となる。
『豊野から戸倉辺りまでは鉄路から離れていた千曲川が接近、上田平に出て山が離れてゆく』

『北国街道海野宿の第一印象は、妻籠に比べ暗い感じ、晴れて明暗がくっきりしているのが私の直感を狂わせたのかも知れない。しかし卯建の美しさや長短2本づつ長さの違う格子は実に美しい。…すぐ横を流れる千曲川は将に清き流れ。』

『10分で小諸に着く。駅裏に出ればそこは懐古園の入口、三の門は一幅の墨絵である。昨日の飯山線が高野辰之ムードが辺りを制しているのであれば、ここ小諸は島崎藤村である。…”小諸なる古城のほとり雲白く遊子悲しむ”の醸しだす浪漫的雰囲気の小諸にどれだけ憧れたか、始めて接する小諸と背後の浅間も初対面である。断崖からはるか下を流れる千曲川を眺め、司馬遼太郎ならずともさすが詩情を禁じえない。』

1_2スケッチは千曲川と浅間山

『引き返し園内に入ったら居合わせた老夫婦と話が弾むのもこの感動の直後ならではのこと、思わず私はリュックサックより過ぎ去りし個展の資料を贈り名刺交換となった。園内は紅葉が今を盛りとまだ晩秋の気配である。浅間の山頂は雪化粧しているが煙は望めない。』

1_3スケッチは千曲川上流(小海線沿線)

待望の小海線に乗る。
『終点小淵沢駅までの間、佐久広瀬までは千曲川に沿い、そのあと左手に離れ水源は20km先の秩父山地甲武信ケ岳である。…発車後15分で佐久平駅を通過し暫くして千曲川と再会する。…この辺りの千曲川はもう上流であり歩いて渡れそうな小川。…小海を過ぎやがて、佐久広瀬で昨日から寄り添ってきた千曲川とはお別れである。』

『列車は急勾配を登ってゆき、愈々日本鉄道最高地点野辺山1345mに達する。前面に見えた八ヶ岳連峰が右手近くに望まれ、白樺林も落葉してよりくっきりと白い。清里を過ぎ間もなく終着小淵沢である。』

懐古園で出会ったO.H.さんは、旅の風景を言葉に置き直し、写真やスケッチとして残すと共に、その時々の想いを記している。
JRは民営化されて体質も大分変ったように思っていたがまだまだ本質の所は変っていないのではないか。
一体に、新幹線は防音壁やトンネル、延々と連なる橋脚。景観と旅情を楽しもうとする人にとっては無粋な乗り物で、江ノ電に人気があるのは狭い路地を縫うように走る人間サイズへの郷愁であろう。

冒頭にも述べたように、この旅行記に記載されている土地は、私の故郷に近い馴染みの深い土地であるだけに非常に興味を持って拝見しただけでなく、此処に引用させて頂いた以外の描写には、人情の機微の伺える部分も多く滲んでいる。しかし引用は、千曲川に沿って巡った土地の事に限定して、言うなれば骨の部分だけになったが、O.H.さんとの出会いの経過等も述べられているので、文中で再会を果たした気分にもなる。

芭蕉は「奥の細道」の序文に「月日は百代(はくたい)の過客にして、行きかふ年も又旅人也」と記しているが、そのような情が彷彿として浮かぶ。

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コメント

昨年末の私のブログ記事に書いたように、私も昨年の11月末に長野に行ったから、O.H.さんと殆ど同じ時期である。
あの記事には詳しい事は書かなかったが、その時に私は東京から稲荷山に行き、それから長野に向かった。 更に、その後で、須坂から仁礼に回ったりしているので、O.H.さんと、同じ山、似たような地域を比較的ゆっくり見てもいる。
旧い人間である私の常識では、このような場合、東京から上田に行って其処で乗換えて稲荷山に向かうことを考えるのだが、現代の常識では長野まで先ず行ってから、引き返す。
この辺の諸々の出来事について、O.H.さんの文章の中の幾つかの箇所で、「ウン、ウン」と同感する部分が在るのだが、書き切れないので省略。

投稿: 二人のピアニスト | 2008年1月17日 (木) 02時47分

鉄道を乗り継ぐ旅は計画をチャンとしておかないと案外ロスを生じ易い。
O.H.さんの今回の旅は1泊2日の旅で、この内容からするとかなり強行軍だったと思う。記事に依ると、折角買ったお土産を車内に置き忘れてしまうハプニングもあったようです。
二人のピアニストさんも、同じ時期にO.H.さんの廻ったところに近いところへ行かれたようですから、頂いたコメントのような感じを抱かれたと思います。

投稿: Alps | 2008年1月18日 (金) 13時50分

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» 旅は計画をチャンと [二人のピアニストに思う]
Alpsブログの記事: ▲続、ある出会い は、Alps氏の知人であるO.H.さんの、千曲川の流れに沿っての旅の、「旅行紀」と「スケッチ」の紹介である。 そのスケッチに描かれた郷里の風景の懐かしさ、しかも、偶々、丁度、同じ時期に同じ地域を移動していたこともあって、私はコメントを入れた。 それに対して、Alps氏の返信コメントがあり、 『鉄道を乗り継ぐ旅は計画をチャンとしておかないと案外ロスを生じ易い。 ・ ・ O.H.さんの今回の旅はかなり強行軍。 折角買ったお土産を車内に置き忘れてしまうハプニン... [続きを読む]

受信: 2008年1月19日 (土) 06時48分

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