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2007年11月 9日 (金)

科野(しなの)のクニ

長野市と上田市の中間に屋代(やしろ)という所があり、近くには鞭声粛々で有名な川中島古戦場や妻女山、雨宮渡しがある。

此処に「科野(しなの)のクニ・森将軍塚古墳」がある。「信濃の国」となる以前の「科野(しなの)のクニ」を治めた王の墓と考えられている。所在地の正確な地名は「千曲市(ちくまし)大字森字大穴山」で、有明山の北側尾根上、標高490mのところに構築されている。森将軍塚とは「森」という地区にあることから名づけられた。

この古墳は、今から凡そ1600年前に作られた全長約100mの前方後円墳である。1960年代から発掘調査が行われ、昭和56年(1981)から平成4年(1992)まで11年の歳月を掛けて復元された。

復元するに当たっては、発掘調査結果に基づいて、同じ材料、同じ工法で築造当時の姿に正確に復元された。(写真はクリックで拡大出来ます)
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表面には約8万個の大小の石が積まれ、古墳の上には千曲川の玉砂利を敷き詰め、27種・157個の円筒形埴輪や朝顔形埴輪が古墳を飾っている。
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後円部には、竪穴式石室が納められていて、その大きさは日本最大のもので、室内は平石を積んで壁面は赤いベンガラで彩色されている。

麓には森将軍塚古墳館がある。古墳館では、現地では見ることの出来ない竪穴式石室や、出土した副葬品・埴輪などを、実物や模型・映像によって展示している。
其処から130m上にある古墳までは、古墳館専用バスが案内してくれる。
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訪れた日は秋の好天に恵まれ、古墳から北側を見下ろすと善光寺平が一望され、左に長野新幹線、右に長野高速道が見え、その前方遥かに長野市が望見出来る。
ボランティア・ガイドさんが詳しく説明してくれたので助かった。ガイドさんに依ると、子供たちが遠足に来た時には、時たま古墳上の石を埴輪に向かって投げることがあるので注意しているとの事。
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世界の巨大遺跡と言えば、エジプト・ギザの三大ピラミッド、メキシコ・テオティワカンの太陽ピラミッド、イギリスのストーン・ヘンジ、中国の秦始皇帝稜、日本奈良県の箸墓古墳等が挙げられる。

上記遺跡の歴史や規模と比すべきもないが、
森将軍塚古墳は周囲に13基の円墳もあり、又近辺には川柳・土口・倉科の三将軍塚古墳もあり、それ等を含めると大きさから言っても日本でも有数の古墳群になると思われる。

私が故郷の長野市を離れたのは、この古墳発掘調査が始まるより前ではあったが、故郷の近くでこのような古墳の研究と復元工事がなされていた事を知ったのは、世界遺産研究家のYさんから助言を頂いてからである。

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コメント

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投稿: みんな の プロフィール | 2007年11月12日 (月) 15時03分

将軍塚すごいですね、表日本とか、裏日本(このごろは差別語?で言わないようですが)と昔言いましたが、考えてみれば、大昔は日本海が
文化の取り入れ玄関なんですよね。
 日本海から安曇野へ多くの文化人移住してきて、その末裔が早川さん?。
 昔友人が神戸の垂水にいて、もう二十年くらい前になりますか、遊びにゆき将軍塚と同じように復元さた古墳に案内されました。瀬戸内を一望にする場所にあり、そこに立ち数千年の前の、頃を思いロマンを感じました。
 このように復元された古墳が多くあるんでしょうか? ロマン多き写真ありがとうございました。

投稿: syoudou | 2007年11月14日 (水) 11時08分

このような古墳は色々の事を想像させてくれるので楽しいですね。森将軍塚古墳の周囲には円墳もあり、中々見応えがありますのでお時間が取れたら一度御覧頂いたら如何ですか。
嫌なニュースが続く世の中にあって、時空を越えてこのようなロマンを感じさせてくれるものがあっても良いのではないでしょうか。

投稿: Alps | 2007年11月14日 (水) 18時28分

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