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2007年11月14日 (水)

近くて遠い存在

中央高速道が出来る前は、浜松から長野へ行くときは専ら国道19号線を使った。この道は木曾谷伝いに塩尻へ抜ける道で、途中に鳥居峠があり此処が分水嶺になっていて、北側は日本海へ、南側は太平洋に流れる。

その鳥居峠の南側に権兵衛茶屋という老舗の茶店があり、8月の盆頃に帰省する時はいつも此処に寄って行くのが常で、その時期はいつも混んでいた。
しかし中央高速道が出来てからは、19号線を乗用車の走る機会がぐんと減った。
権兵衛茶屋の其の後が気になって行って見た事があったが見る影も無くなっていたのには驚いた。人や車の流れがこれほど生活環境を変えてしまうのは予想以上のものだった。

この権兵衛茶屋の近く(木曽町日義)から伊那へ抜ける道がある。飛騨の高山市と伊那市高遠町を結ぶ国道361号線である。然し国道とは名ばかりで木曾谷から伊那谷へ抜けるには、中央アルプスを越える必要があり、其処に姥神峠権兵衛峠の二つの難所があり、急峻で狭く、時間が掛かる上に、冬は雪や凍結で通れない。しかも木曽谷から伊那谷へ抜ける道は、この道以外には、中央道の恵那山トンネルか塩尻を迂回する以外に道は無い。

木曾町の日義から伊那谷の伊那市までは高々20Kmに過ぎないが、将に近くて遠いお隣の地域であり、此処に道を通す事が木曽谷側と伊那谷側の住民の悲願でもあった。その願いが叶って2006年2月4日に全線の開通式が行われた。
Ubagami01_2それに先立って最初、姥神トンネルが2002年に開通した。写真(ネットより引用)は姥神トンネルとその周囲の景で 螺旋状に高度を上げてトンネルへ入ってゆく。(各写真はクリックで拡大)
木曾側と伊那側の高度差や、トンネルの長さや工事の難易を考慮しての事であろうと思われる。
そして2006年遂に全線が開通した。権兵衛トンネルの全長は4467m。
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写真は11月12日の、権兵衛トンネルの伊那側の景で、この工事は予想以上の難工事であったと言われる。地元の喜びが目に見えるようだ。しかも通行料は0というのが良い。
医療、福祉、経済、文化交流、地域交流等その効果は大きいし、19号線への影響にも役立っている事は間違いない。
1 嘗ては山の中にあった場所に、そば屋が出来た(写真左)。旧家を解体してその太い梁などを組んで造ったものだろうか、囲炉裏があり自在鉤が掛けられ五徳や火箸が添えられ炭火が起されていた。全体は新しいが、部材には古色が滲んでいる。全体的に落着いた雰囲気で、周囲の景との調和が何となく融け込んでいて素晴らしい景観を呈している。
その上に蕎麦の味が良い。昼時だったが店内は殆ど満員に近かった。
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伊那側のトンネル出口から遠望する伊那谷の景は南アルプスを背に異国情緒すら感じ、草ロールが点々と転がっていた。

郷土史研究家のM氏から、近くて遠い存在だった木曽谷と伊那谷を結ぶ権兵衛トンネルが出来たから是非通ってみて下さいと薦められていたが、今度その機会を得て、この道の素晴らしさを実感出来た。

何より地元の喜びと期待感の強い事をひしひしと感じた。

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