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2007年8月17日 (金)

遠州大念仏

7月、8月は新旧の盆月とあって、遠州地方では大念仏が各所で見られる。遠州大念仏は、無形民俗文化財にも指定され、遠州地方では「大念仏」は地方季語として認められている。 
浜松市ネットに依ると、『遠州大念仏は、遠州地方の郷土芸能のひとつで、初盆を迎えた家から依頼されますと、その家を訪れて庭先で大念仏を演じます。
 大念仏の団体は、必ずその家の手前で隊列を組み、統率責任者の頭先(かしらさき)の提灯を先頭にして、笛・太鼓・鉦(かね)の音に合わせて行進します。笛・太鼓・鉦(かね)・歌い手、そのほかもろもろの役を含めると30人を越す団体となります。
 大念仏の一行が初盆の庭先に入ると、太鼓を中心にして、その両側に双盤(そうばん)を置いて、音頭取りに合せて念仏やうたまくらを唱和します。そして、太鼓を勇ましく踊るようにして打ち鳴らし、初盆の家の供養を行います。
 江戸時代のもっとも盛んな時には、約280の村々で大念仏が行われていました。
 現在、約70の組が遠州大念仏保存会に所属し活動しています。
 また、現在も犀ヶ崖では、毎年7月15日に三方原合戦の死者の供養として、遠州大念仏が行われています。』と、あるように組織だった念仏集団で鉦や太鼓の音に合わせて「太鼓きり」と言われるように太鼓を切るように踊りながら叩く様はその歌枕と共に深い感動を催す。
Photo
Photo_2 今年はお付き合い頂いているお寺さんの初盆とあって、お伺いして近くで見ることが出来た。

矢張り祖先を敬い、初盆の霊を慰める行事として定着している感が強いが、このような雰囲気が段々失われている中で、このような行事は精神的にも周囲への影響も大きいだけに大切に残したいものの一つである。

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2007年8月16日 (木)

大文字

8月16日、NHK TVの午後7時30分から8時45分にかけて「京都五山の送り火」の実況放映があった。
私は今まで物の本やネット等であらましは承知していたが、実景を見たこともないし、見ようともしなかった。それには理由があるが後に記すとして、今日の放映は複雑な気持で見た。

大文字」は、秋の季語になっていて、角川俳句大歳時記に依ると次のように書かれている。

『8月16日の夜、京都東山の一峰如意ケ岳(大文字山)山腹に設けた、大の字に形どった火床に薪を積み火を点ける、お盆の送り火の一つ。赤々と燃え上がる大の字は洛中の何処からも見える。ほぼ同時刻に松ケ崎の妙法、西賀茂の船形、衣笠大北山の左大文字、奥嵯峨の鳥居形も点火される。これらを合わせて五山の送り火と呼ぶ。大文字は「大文字の火」の略。なお京都では「大文字焼き」とはいわない。大文字が終ると京都は秋の気配が立ち始める。(大石悦子)』
Dai2002

写真はネットより引用させて頂いた、如意ケ岳の大文字の情景である。
送り火というからには当然仏教の盆行事の一環で起源等は余り明白ではないが広く知られ信仰されている。

京都大学・電気工学科4年在学中だったは、銀閣寺の傍に下宿していて其処から吉田山を望みながら毎日通学していた。私も、しばしば会社の休日等に弟を下宿に訪問した事があった。将来話し相手になってくれるで有ろう事を期待していた弟だった。
1958年の夏休み、彼は下宿先で大文字を見終わり、その夜の北陸線(当時の列車は現在から見るとがたがたのお粗末なもので、蒸気機関車で走っていた)に乗って郷里の長野へ向かう途中で思わぬ事故に遭って急逝した。以来私は京都だけは行く気にもなれず、年に10数回浜松から大阪への出張で京都を通過したがついぞ京都だけには下車しなかった。
しかし2004年にS誌の全国大会があって、それに出席したのを機会に解禁したが、其の後も行く機会を積極的には作っていない。

今日改めてNHK TVの実況放映に依って、その全容を垣間見ると共に、五山の送り火に手を合わせ祖先の霊を見送る敬虔な風景は日本的な麗しい情景と思った。最近は兎角実利に走り、自分本位の言動が目立つ中で、このような情緒ある祭事がいかに人の心に潤いを持たせてくれるものであるかを知ると共に、今後も絶やすことなく続けていって欲しいものだ。

放映を見ながら改めて、弟のことをしみじみと思い出していた。

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2007年8月 1日 (水)

星月夜

   ちちははの国に寝惜しみ星月夜   

俳人協会・俳句文学館発行、平成19年8月の俳句カレンダー巻頭句である。
作者は鷹羽狩行氏で、小林呼渓氏の解説文がある。

『「みちのくの星入り氷柱われに呉れよ」とうたいあげた、生まれ故郷の山形は「五歳まで。記憶はゼロ」という。
 そのふるさと山形の秋の夜空は、都会では疾うに失われてしまった闇と、汚れに染まらぬ浄らかな大気を擁して、無数の星々が満天を埋め尽し、月の光と紛うばかりの清く豊けき輝きをもって、大地を照らす。
 「星月夜」は、まさに美しき「ちちははの国」の象徴であることは元より、この地でわれを生み、育て賜うた「ちちはは」の限りなく深い慈愛の象徴でもあろう。
 ちちの腕の、ははの懐のあの温もりの中に身を浸した、みどり児にも似た安らぎと懐かしさがいま、束の間の一夜をふるさとに在る作者の全身を、隈なく包み込んでいる。
 万感の思いがこもる「寝惜しみ」の一語が持つ重みは、ひとりの作者のみにとどまらず、遠くふるさとを離れ住み、たまさか帰郷した人々の感慨に、あまねく通う。
 平成十年「山形三句」の一句。『十三夜』所収。(小林呼渓)』

今は、天の川や星がはっきりと見えるところが少なくなった。
信州の山に行くと今でもはっきりと見えるのが嬉しい。まさに「ちちははの国に寝惜しみ」は共感できる。

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