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2007年6月 5日 (火)

草より蛍掬ふとき

   指青し草より蛍掬ふとき  

俳人協会・俳句文学館発行、平成19年6月の俳句カレンダーの巻頭句である。作者は大岳水一路氏で、瀬戸清子氏の解説文がある。

『黄昏から深い闇へと移行するとき、ほうと草叢から洩れる蛍の明滅。呼応するように始まる光の交信が、時空を超えた幽玄の世界へと誘う。思わずその光へ手を伸ばす。上五に据えた、「指青し」のとおり蛍はまさに草の色をまとった緑を帯びた青い光。指はその青に染まる。つづく「草より蛍掬ふとき」と流れる言葉の調べがこの句の趣をさらに優美なものにしている。
 蛍を捕らえた手を掬ふという措辞で無数の蛍の存在を暗示し、しなやかな掌の動きが影絵のように浮かぶ。
 掬う手に包む蛍の息づかい、掬った指の間から零れ落ちる蛍の命の煌めき。
 指の青さに焦点を当てながら、蛍の命の儚さやそれをとりまく闇の深さをも感じとることができる。
 この作品は、先年福岡で催された「俳句朝日」九州俳句大会の前夜、選者の皆様方の"蛍狩り吟行会"の折出句され好評を得た句。
 作者の水一路師は、吟遊詩人。吟行の行く先々での会話が名句となり私達を感嘆させる。蛍の季節になると諳んじる一句である。(瀬戸清子)』

最近は蛍を見る機会がめっきり少なくなった。昭和10年代の信州の片田舎には、夜ともなれば水路に蛍が群れていたのを覚えている。
ガキ大将を先頭に籠を持って蛍を取りに行った。蛍籠の中には霧を吹いた草を入れ、採ったばかりの蛍を入れてその幻想的な明滅する光を楽しみながら帰った。
ガキ大将は水路の危険箇所を良く知っていて、夜の危険な水路なのに事故などを起した例を知らない。古き良き時代だった。

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コメント

その、古き良き時代を知っている人、も少なくなった。 蛍と違って、人間の数は増えたのに。
そして、丁度一週間前に、今は亡き両親の結婚80周年の日(何と言うのでしょうね?)を迎え、考えて見ると、それは自分の生命の灯が燈った日の80周年であることに気付いたりすると、蛍のように、人の命の儚さやそれをとりまく闇の深さをも感じさせられることがある。

投稿: 二人のピアニスト | 2007年6月 6日 (水) 01時48分

毎月2回開催される或る研究会で良く顔を合わせる人が、最近見えないので聞いてみたら、キャンプに行った旅先で事故でもないのに急逝したとのこと。まだ70歳位のはずだが人の命の儚さをつくづく感じさせるる話だった。
蛍というとガキ大将の事を懐かしく思う。昔のガキ大将はきつかったが根は優しかった。今のイジメのような陰湿さは無かった。
家から8Km程北へ行った町の一部では時として蛍を見ることが出来るが幻想的な光が闇を一層引き立てているのを感じる。
  蛍火の明滅滅の深かりき 細見綾子

投稿: Alps | 2007年6月 7日 (木) 10時08分

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