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2007年2月 5日 (月)

知多吟行

過日、句友と知多半島へ吟行した。

名鉄、美浜緑苑駅で下車し歩いて10分程の所に杉本健吉美術館がある。Photo_7
同館の紹介記事には概略次のように述べられている。

「両界曼陀羅」、「新・平家絵物語」屏風をはじめ、油彩・水彩・素描着色など、初期から現在までの芸術作品のすべてを収蔵。
当館は二つの常設展示室、企画展示室、和室「杉庵」からなる本館とともに、三つの展示室からなる新館が平成6年4月に完成し胎蔵界・金剛界からなる「両界曼陀羅」、「空海像」を中心に展示をしています。

とあり、丁度訪問した時は「文楽」などの特別展示もなされ、淡路人形の絵なども展示されていた。浄瑠璃三味線の師匠を父に持った画伯にとっては文楽は子供の頃から親しんできた世界であろう。
宗教的な背景を負った絵は見応えがあり、じっくりと時間を掛けて見たいところ。
その館内に志賀直哉が同画伯に贈った言葉が掲げられていて印象的だった。

「杉本健吉君は日展で続けて賞を貰い、急に世間的に認められ、挿絵に装幀に今は流行児になっている。杉本君の家族の多いことを知る私は物質的な意味でそれは大変いいことだと思っているが、画家としての杉本君の為、別に喜ばしい事とは思っていない。何故なら杉本君はいわゆる本流の絵を描く人で、今までの絵は世間的に認められるに丁度いいうまさに達したというに過ぎないからである。杉本君の絵のうまさは分かり易いうまさだ。感じをよく掴んで、それを要領よく画面に現はす技量は却々鮮やかなものである。それ故、杉本君は現在の技量だけでも、日本で才人といふ事が出来るが、然し、私の杉本君に望むところはもっと大きい。今のところで止まってゐては通俗的作家に終る危険がなしとしない。この危険区域を杉本君が早く出抜ける努力をされる事を望んでゐる。」

画伯の才を見抜いた上で、温情溢れる激励をされた志賀直哉の心根にも感動した。

美浜緑苑駅から野間駅までは近い。何れも無人駅で民間企業の経営努力を垣間見る思いもある。
駅から歩いて近くに、源義朝を謀殺した長田忠致・景致父子を後に頼朝が処刑した「はりつけ松」がある。今は朽ちて根元しか残っていない。
其処から田圃中を歩いて野間大坊に行く。その人家の少ない田圃中にイタリア料理レストラン”NAGA”があった。昼食を摂ったが、値段が安い上にスパゲッティを始め美味しかった。
野間大坊は天武天皇の時、役(えん)の行者が草創、聖武天皇の時行基菩薩が再び開基し弥陀三尊を守置し阿弥陀寺ととなえた。この寺領に源義朝の廟がある。入浴中に長田父子に謀殺された時、「せめて我に木太刀一本なりともあれば」と悲痛な一言を残したと伝えられ、慰霊の為に木太刀を献じる慣わしが出来て山のように積まれている。
Photo_10
木太刀を献じた人は全ての願いが叶うと言われている。
   寒つばき木太刀嵩なす義朝忌
野間大坊を含め、寺領の中にある歴史的遺産などをボランティアガイドしてくれた地元の野間小学校6年生の好意に感謝しつつ帰途につく。
途中、臨時句会を開き感想や意見を交した後、帰宅した。

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