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2006年12月24日 (日)

年の港

俳人協会・俳句文学館発行の俳句カレンダー12月の巻頭に富安風生の下記の句が掲載されている。この句に就いては保坂伸秋氏の鑑賞文がある。

しみじみと年の港といひなせる   富安風生

【鑑賞】 明解な境涯句   保坂伸秋

  しみじみと年の港といひなせる
 私は今、この色紙を前にしている。この句は昭和五十一年の歳晩の作。この色紙には、九十三叟風生と認められてある。
 先生は季題について「俳句において季題が強くものをいいますのも、季題というものが、いずれもそのうしろに大きな背景を負っており、暗示的な意味が強く幾多の連想と繋がっているからなのであります」と述べて居る。
 「年の港」は「年の暮」の傍題の一つで「年の湊」の事であって「年のゆきはてるところ」の意。この句は先生の心を通して、季題を詩語にまで昇華されたと言える。
 俳人協会の自註現代俳句シリーズ『富安風生集』に、「"年の港"という語を歳時記に得た。誦して飽かず。姉妹句に"波風に舫ひて年の港あり"あえてこの二句を掲げることをもって結びとする」と、筆を擱いてある。
 先生の風格が季題に乗り移ったような毅然とされた言葉、「いひなせる」に、全てが凝縮され、一読明解な境涯句の一つ。
                (以上、保坂氏の鑑賞文)

2006年も愈々押し詰まった。掲句はそんな状態を端的に表現してしみじみとした余情を感じさせてくれる。
富安風生は1885(明治18)年生まれ。1928(昭和3)年請われて俳誌「若葉」の主宰となる。
山中湖畔の文学の森には、徳富蘇峰記念館や三島由紀夫文学館と共に、俳人・歌人など多くの句碑・歌碑が点在し、特に富安風生句碑は七つを数え、私が此処を訪づれた6月頃は「俳句の館 風生庵」は、Photo_8 万緑の中にひっそりと佇んでいた。せせらぎの音やホトトギス・郭公・鶯の鳴き声が聞え、朴の花、草むらには美しい花が顔を覗かせていた。山気も充満し、木間から山中湖が散見出来る。此処で風生の詠んだ、
    満月を生みし湖山(こざん)の息づかひ
は良く知られている。

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