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2006年11月11日 (土)

棟方志功展

過日地元の美術館で開催された「棟方志功展」を見た。

棟方が終生の師と仰いだ柳 宗悦は、
「棟方は周囲への気兼ねや怖れを知らないのだ。こんなにも格破りの自然に出来る人は少ない。型なんかに嵌めようとしても無益なのだ。絵でも字でも捕らわれている所がないのだ。形から入ってゆく絵画の多い今日、棟方の作を見ると何か開放されるような気持がする。」と、述べている。

棟方の作品を見ていると、自由奔放で、この柳の言葉を彷彿とさせる。
同じ松の木の版画を見ても、松の木の全体を描くのではなく、一枝をとって模様化し抽象化して、松を描いていながら松とはかけ離れた松がそこにあるのを見る。松に捕らわれない松がそこにある。

棟方の作品には宗教色が濃く滲んでいる。
女性像を見ても、写生画を見ても、文字を見ても、動物の絵を見ても、勿論羅漢様や経文を見ても其処には何時も仏教の色がそこはかとなく滲んでいる。

「棟方は祖母から 『障子の中には仏様がいて、いつも見守って下さっているのですよ』と、教えられた。難しいことを言えば、、これは 『生死(しょうじ)の中に佛あれば生死なし』という曹洞宗の教えを祖母さんが間違って覚えたということだけのことだが、私達は何時も仏に見守られて暮らしているのだという素朴な宗教世界が棟方芸術のすべての根本である」と、日本民藝館の資料にある。
写生が好きな棟方は描き終わると写したものに手を合わせるという。棟方の作品にはこんな思想が連綿として入り組んでいるのを感じる。

尚童さんからは次のようなアドバイスを頂いた。
長谷部氏という人の書いた棟方の伝記の中の一節に、
棟方志功の言葉として、「自分の板画は、私が彫っているのではない。わたしは仏様の手先になつて、版木の上を転げまわっているだけだ。そこから自然に生まれてくるのだ」「自力の考えにたてば、板画をつくるということになるのですが、他力の考えにたてば、板画はつくらなくても、仏様の力によつて自然に生まれてくるのです。私は彫りも刷りも余り上手ではない。下手な方なのだけれども、その下手なところは、仏様、つまり板画の神様が助けてくれる。上手なひとにはたすけてくれない。私は幸せです」と。

棟方の作品には「」と言う語が使われている。
自在の柵、宰官女の柵、スサノオの柵、風吹きの柵、美誕の柵等々「作」ではなく「柵」が使われている。何故かと疑問に思っていたが、それに就いて、「仙台の華麗なるブログ書きさん」が、次のように書いているのを見て納得した。

「棟方志功の作品には””という題がついています。
たとえば、この作品は、「門世の柵」というように・・・

なぜそのような題をつけているのかを棟方は次のように語っています。・・・

柵というのは、垣根の柵、区切る柵なのですけれども、むかしは城の最初のものを柵といったと聞いています。

 何々の柵、どこどこの柵という城の形にならない、ただクイを打っていく、そんなようなモノでしょうか、「しがらみ」というものでしょうか、そういうことに、この字を使いますが、わたくしの「柵」はそういう意味ではありません。

 字は同じですが、四国の巡礼の方々が寺々を廻られるときに首に下げる、寺々へ納める廻札、あの意味なのです。

 この札は、一ツ一ツ、自分の願いと、信念をその寺へ納めていくという意味で下げるものですが、わたくしの願所に一ツ一ツ願かけの印札を納めていくということ、それがこの柵の本心なのです。ですから、納札、柵を打つ、そういう意味にしたいのです。
 たいていわたくしの仮面の題には「柵」というのがついていますけれども、そういう意味なのです。

 一柵ずつ、一生の間、生涯の道標を一ツずつ、そこへ置いていく。作品に念願をかけておいていく、柵を打っていく。そういうことで「柵」というのを使っているのです。

 この柵はどこまでも、どこまでもつづいて行くことでしょう。
 際々無限に。・・・」


棟方志功の作品を見ていると、何かほっとしたものを覚える。絵によって何かを訴えかけてくる物を感じるからだろうか。

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コメント

アルプスさん、このところ通信が出ておらず、一寸案じておりました。
 私の文など引用してくださり、それもわたしの老眼のために大きな字など使ってくださり恐縮。
 棟方をみて、お祖母さんの宗教心教育と言うのか、
その下地はあつたかもしれませんが、野心満々で上京してきた棟方の、エネルギーを野放しにしておいたら、どうにもならない鼻つまみなつていたのではないか。
 そんな棟方のエネルギーをよい方向にむけさした柳やその仲間の大人ぶりがいいですね。
 うちの長谷川保は田中角栄と同期で、田中さんをエネルギーをかつているような発言もしています。
 ただこんなことも言っています、「もし俺に信仰がなかつたなら、角栄と同じことしているだろうな」と。
 青森出身の棟方には、火炎土器を生んだ縄文の血が流れているんでしょうね。わたしは優しい弥生人?

投稿: 尚童 | 2006年11月13日 (月) 17時39分

ご心配を頂いて有難う御座います。
志功の「障子の中に仏様が居て・・」と信じていたと言う話を聞いた時、私は母の般若心経の事を思い起こしました。母は毎朝晩、仏壇に向かって心経を上げていましたが、私のように意味や文字から覚えた者からすると一寸変な唱え方の在るところがあったのだが、恐らく方丈様の唱えるのを何回か聞いて、耳から覚えたのでそのようなことになったと思います。しかし母の唱えているのを聞いて、なまじっかの知識から心経を唱えている者よりは、はるかにその姿に真剣さと実感のあるのを何時も感じていました。これが本当の信仰ではないかという想いを深くし、志功の話と共通したものを感じました。
長谷川保、田中角栄、それに志功の対比は良く判ります。長谷川氏のような傑物でも信仰心がなければ云々は、そのまま現在の社会にも当てはまることでしょう。其の点、尚童さんはご立派です。

投稿: Alps | 2006年11月16日 (木) 08時17分

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