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2006年10月12日 (木)

大平宿

歴史的建造物や家並み等を保存する努力や考え方には、日本と欧米諸国との間にはかなりの隔たりがある。勿論使用している素材や自然環境等もあるだろうが、その保存に対する熱意と努力も違う。

そんな中で、飯田市に「大平宿(おおだいらしゅく)」が今も残されている。江戸時代にタイムスリップしたような雰囲気を感じる。山中の旅篭町として栄えた家並みが飯田市の維持管理の下に保たれている。しかしその過程には色々の困難があったが今は、往時の旅籠や民家に泊る事も出来る事でも有名な廃村の跡である。
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標高1150mのこの宿場町は、江戸時代中期宝暦4年(1754)飯田藩と地元商人山田新七等の手によって拓かれた。中山道の脇街道である大平街道に面し、当初入植したのは木地師の一統で杣・木挽・旅籠等の併業であった。木曾谷に鉄道が通じ、伊那谷には通じていなかった頃迄は栄えたが、大正中期、伊那谷にも鉄道が通じてからは急速に寂れてしまった。それでも杣・炭焼・畑仕事・旅籠等を生業として経済的には恵まれた村であった。
しかし1960年代の高度成長の余波をまともに受けて、人口の都市集中で村は急速に過疎化し始めた。そして遂に昭和45年11月、村民の総意として集団移住が決定され、一夜にして無住の廃村となった。

これに目をつけた開発業者が入り込み始めた。
しかし、歴史的宿場の跡を守れと言う行動が澎湃として起こり、自然保護などを目的とした市民団体が立ち上がった。「大平宿をのこす会」として積極的に行政へも働きかけて、遂に飯田市もその保存運動に乗り出し、今は飯田市の所管として維持管理されている。

宿場を見学するのは随意だが、宿場に今も残る旅籠や民家を利用するには、飯田市の担当者から、利用する家の鍵を借りる事になっている。
いろりの里 大平宿」として、江戸時代の宿場の遺稿を今に伝え囲炉裏のある広間間口の広い土間せがい造りの軒等往時の家並みがそのまま残され、今は家族旅行、職場の研修会、歩け歩けの宿、クラブ合宿、修学旅行等々に此の旅籠や民家が活用され泊る事が出来ると言う現況は、廃村の活用例として成功した一例と言えよう。
現地研修の小学生の見学風景が毎度見られるのも素晴らしい教材としての機能を果たしている例と言える。

宿場の家々の入口には昔のままに下紙屋・満寿屋・大蔵屋等々の屋号が昔のままに掛けられている。街道面に向かって軒の張り出したせがい造り(出桁造り)は、旅人が休息したり、雨宿りをしたりする為の配慮で、宿場町の特徴の一つである。Ohdaira_4_1
街道の端には小流れがあり、今も清冽な水が流れている。
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各家には囲炉裏が切られており、鍵を借りた人は此処で休息したり宿泊して昔の雰囲気を満喫出来る。

此処で泊れるようになった当初、郷土史研究家で私の友人M氏がその当時泊った時の話は面白い。当時はまだ此処を知る人も少なく勿論泊る人も居ない時で、M氏は一人でこの宿に泊った夜、ふと外に出て闇の中に幾つかの目が光っているのを見た。後ろを見たら矢張り幾つかの目が光っていた。狼だと思った彼は夜中に襲われたら簡単に戸等破られてしまうかも知れないと思い、家の前に停めておいた自分の車に戻りまんじりともせずに一夜を明かしたと言う。翌日、市の担当者に話したら、目の主はハクビシンだったそうである。
今は随時、何人かの団体客が来ては泊るそうであるが、矢張り一人で泊るのには少し勇気が必要だ。

いずれにしても、このような旧宿場が昔のままに保存され、見学出来るのも、保存の為に努力した実践活動家と、行政がその意を汲み取って市の管理下に於いて活用に動いた結果であって、素晴らしい事だと思った。
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写真は過日、同好の士と共に宿場の旧旅籠屋「大蔵屋」を借りて囲炉裏を囲み、燻る煙の中で飯田市内で調達した弁当を食べている所。帰りには火を完全に消し、ごみ一つ残さず持ち帰ったのは当然の事である。市の管理者(土地の出身者で杣の格好をしているので目立たない)が日中は常駐していて、現地をさりげなく管理している。

此処へ行く路は、東からは飯田市から飯田峠(1235m)を越して行く路と、西からは妻籠から蘭(あららぎ)を通って大平峠(1358m)を越して行く路のどちらかで、中型のマイクロバスがせいぜいでそれ以上の車は通れない。現地には野原のままの駐車場がある。

こんな心に残る宿場跡を残してくれた人達の努力を思い、市の取り組み姿勢にも共感する。冬の大平宿は知らないが全く別の厳しい景色を見せてくれると思う。

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コメント

こういう話を聞くと、本当に嬉しくなる。
長野市から上田市にかけての地域に付いて Alpsさんの記事で拝見した、地籍、絵画館、などは私も殆ど訪れているが、この飯田地区のことは、話には聞いているが、自分の眼で見ていない。
親が有って、祖父母が有って、祖先が有って、現在の自分が在る。 私の様な旧い人間の、この様な思いが、現代では忘れられていると思うが、此処に書かれている人達の感性が、実に素晴らしい。
それにしても、Alpsさんの行動力には、驚く。

投稿: 変人キャズ | 2006年10月15日 (日) 05時21分

花沢の里、大平宿好い旅というか、よき友というべきかうらやましい旅ですね。高額年金受給者どんな贅沢な旅が出来るみなさんが、囲炉裏端でコンビニの弁当をつかって(写真からでは料亭特注弁当とはみえないので)
対話を楽しまれるとは、老後の生活の模範的方々ですね。こうたびたび大平宿の話を聞かさせられると、本当に行かざる得ない思いにかられますね。
ありがとうございました。                     

投稿: 尚童 | 2006年10月15日 (日) 22時01分

変人キャズさま
深い山に分け入ってみたら忽然と其処に、江戸時代の宿場が現れたという感動を催してくれる場所です。こんな場所を残しておこうと行動を起した人たちも立派だし、それを支援して実現し維持管理している行政のあり方も地方行政のあり方に一石を投じている想いです。世の中、何でも金でしか動かない世にこの宿場町のあり方は共感を呼びます。

投稿: Alps | 2006年10月16日 (月) 07時43分

尚童さま
「花沢の里」や「大平宿」はお奨めの場所です。特に大平宿は感動的です。
  武士ぬっと出さう霧湧く宿場跡
囲炉裏を囲み、幕の内でもお握りでも極く庶民的な弁当をつかう雰囲気は堪らない雰囲気があります。
気張らずに金をかけずに旅をし、詩情を感じるのには好適の場所です。ある有名俳人に話したら、矢張りその人も既に行っていました。

投稿: Alps | 2006年10月16日 (月) 07時59分

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