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2006年8月10日 (木)

故郷(ふるさと)

私たちは故郷(ふるさと)を持っている。中には何処が故郷なのかと迷う向きが無いでもないが、少数派と見てよいのではないか。

当然の事だが私も故郷を持っている。母のお腹から生まれて最初に吸った空気は信州の善光寺平の空気だった。故郷に居た時に比べて、現住所(浜松市)に居る時間のほうが遥かに長い。にも拘らず故郷は懐かしいし、今も父母が其処に生き続けて居るかのように思う。嬉しい時や悲しい時、切ない時には、きっと故郷を思い出す。私の生家は百数十年を経た藁葺家で此処に父母兄弟と共に暮らした。
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二毛作をこなし、春蚕・秋蚕を飼った。家から離れた田畑には稲や桑が植えられていた。家の周りの畑(屋敷の畑と呼んでいた)は桑を作り、後には林檎を作り、年中休むことなく働き続けた父母と共に此処に暮らした。家は充分に広かったが、蚕を飼う時になると、お蚕さまに占領されて人間は小さく固まって暮らした。
トイレは家の横の物置小屋の庇の下に造られていた。冬でもトイレに行くときには一旦屋外へ出なければならなかった(その時代の建て方は我が家のみならず、他の農家もみな同じ形式で造られていたように思う)。

冬は厳しい寒さの中に暮らした。藁葺家は夏は涼しく冬は暖かい。しかし裏山からの風は結構冷たかった。屋敷の畑は風通しがよかった。隙間風も歳を経た立て付けの為に多少は止むを得なかった。五右衛門風呂にも隙間風が入った。隣近所で貰い風呂をし合った。そんな環境は今からすると劣悪だったが、その当時はそれが当たり前と思っていた。何の不平もなかった。そんな中で親子は助け合いながら暮らした。父の坐る場所は別に誰が決めたわけでもないが、自ずから決まっていた。
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食べるものは自給自足で、野菜類は当然の事ながら、米も味噌も醤油も自家製だった。煮炊きは囲炉裏が使われ、燃料は麦がらや桑の枝、枯葉等で余す所がなかった。着るものの中には、売り物にならない屑繭から母が紡いだ絹で織った着物もあった。太平洋戦争勃発のラジオ放送もこの家で聞いて興奮した記憶は鮮明に残っている。
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家へ入る通路の雪掻きは父の役目だった。雪んぱで、吹雪いた朝は表の通りまで雪を掻いた。夏はその通路の両側には玉蜀黍がびっしりと実をつけた。捥いできては食べた。

昭和33年(1958)頃、この旧家も取り壊され二階建ての現在様式の家に建て替えられて現在に至っている。最近では下水も完備し、風呂も自動新式のものに変えられた。快適な居住空間になった。今、老兄夫婦がこの地で、先祖からの田畑を守り、家を守ってひっそりと暮らしている。

しかし私が故郷を思う時に、まな裏に浮かぶのは、古い藁葺家の姿と、その中に居る父母の姿だ。
大体こんな古い話を持ち出すのは、老いた証拠だと言われるだろう。しかし誰にも心の拠り所が在るものだ。その一つがこの故郷である。

余談だがNHK朝ドラの「純情キラリ」の中に、戦傷して内地に送還され、心を閉ざしてしまった兵が、小学唱歌「故郷」のラジオ放送を聞いてから、心が次第に開けて行くくだりがある。私にはその気持ちが良く判る。故郷とはそのようなものではないだろうか。

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コメント

20日ぶりの更新に安心しました。まめな山法師さんは、端山を離れアルプスへでも遠征かと心配していました。
 故郷がどこかというのは少数派といいますが、
そうなんでしょうか。両親は新潟うまれですが、大正の中ごろに東京に出てきて、8人兄弟の上2人以外東京牛込生まれ、父が五歳の時、当時としては珍しい交通事故で死亡し、その関係で東京市
内を、浅草、滝野川と移り、戦災にあい荻窪、中野と移り、(3,4年ごとくらいで移動)、清瀬での療養所暮らしが7年、退院後2年ほど東京で暮らし、浜松へきて約40年、浜松が一番ながくなりました。 
 波郷忌や吾の故郷も清瀬村   愃平
故郷というのは何を意味するんでしょうね、私にとっては、療養所の生活が、わたしが生きてきた場所の感じで、ほかは何か寄留者、旅人の感じなのです。そういう意味では、故郷のある人は幸福な人ではないんでしょうか。

 

投稿:            尚童 | 2006年8月10日 (木) 22時54分

尚童さま
コメント有難う御座いました。
尚童さんは随分居を替えられたのですね。変化に富んだ人生と言ったら失礼な言い方になるのでしょうが、7年間の療養生活を送られた清瀬村に関する、お句を拝見して又、普段も療養生活に関する、お句が多い事とも照らし合わせて、最も心を惹かれる所ではないのかなと推測しています。
  秋されやふるさと遠くなるばかり Alps

投稿: Alps | 2006年8月11日 (金) 18時46分

同じ時代に、同じ地域で過ごした者としては、非常に良く分かる、懐かしい描写です。 私の生家は農家ではないが、知人・友人達に農家の者が居ただけでなく、戦争中には農繁期に手伝いに駆り出されて行ったりしているので、記事を拝見して思い出すことも多いです。
記事には、「ウサギ追いし」話や、「小鮒釣りし」思い出は無く、生活の舞台の描写だけですが、それも昭和30年代以後は消失した。 ということは今となっては、Alpsさんの心の中にしか残っていない。
昔の生活スタイルならば、祖父母が孫達に、「過ぎし日露の戦」や、「春の遊びの愉しさ」を語り伝える姿が有ったのだが、Alpsさんのご家族では、どうなのだろう。
社会が変化し、家族構成も変わり、学校制度が変に騒々しくて、祖父母と孫達がゆっくりと時間を共有する事が一般的には少なくなった。 我が家でもその悪しき時代風潮に押し流されて、私の幼少時や、私の両親の話など語り伝えていないのに、私は無念さを内心覚えているのだが、拘り過ぎなのだろうか。

投稿: 二人のピアニスト | 2006年8月12日 (土) 04時01分

二人のピアニストさま
コメント有難う御座いました。生活の舞台の描写を主体に書いたものですが、その中の、当時の農家の住まいに就いては「おばあさんのはなし(編集・発行:郷土を知る会)」の日常生活・住居に詳しく記述されていて、生家の構造が一般的構造であった事を確信しました。
小学唱歌「ふるさと」の、情景は全く私の幼かった頃の事をそのまま書かれたかの感があり、歌うだけで胸に迫ってきます。今も小学校の同級会がもたれていますが、もう故人になられた、女の水橋先生がいらっしゃた時などは、誰が歌いだしたのかわからないが先生を囲んで「ふるさと」を歌い始めたときは、期せずして大合唱となって女友達などは涙ぐんだものでしたし、以後の同級会などでも歌っては思い、歌っては絆を深めたものでした(ここ数年は私も欠席が多くその間の事情には疎い面もありますが)。
裏山には野兎がいましたし、茸取りに出かけたものでした。田圃の用水路には鮒が沢山いて、笊を使ってそれに足で追い込んで捕まえたものでした。裏山の落葉をかき集めて燃料にしたり、兵隊ごっこの舞台になったりして子供等の遊びの場にもなっていました。故郷の山河はそのまま生活の場として共有したものだった。
今、それを伝えていた母も無く、家族が助け合って暮らした古きよき雰囲気も稀薄になり、故郷が遠くなったとの実感がありますが、それでも何かにつけて思い出すのは故郷です。
  秋されやふるさと遠くなりにけり Alps

投稿: Alps | 2006年8月12日 (土) 22時03分

尚童様へと、ピアニストへの、返信コメントにAlpsさんが付けている句が微妙に異なり、矢張り俳人と変人は違うなあ、と感動して拝見。 或いは、微妙でなく、大違いなのかな、と考えて居る内に、昔見た一文に想いが飛躍した。

 秋深し、 隣は何をする人ぞ
と書き始めた文章が、秋深し、でなく、秋深き、だったかなあ、という話に成り、本来の文章の目的(新刊書の推薦文でした)が完全に脱線した。
変人はこういう事ばかり憶えている(俳人と違って)から、救われないですね。

投稿: 変人キャズ | 2006年8月13日 (日) 04時40分

変人キャズさま
コメント有難う御座います。二人のピアニストさんへの返信に詠んだ句は、
  葛の花ふるさと遠くなりにけり
と書くつもりだったが、うっかり間違えて書いてしまったもの。

立秋を過ぎると暦の上では秋。色々の事があって、今年は特に、故郷を意識してしまったが、矢張り「ふるさと」を詠んだ句の多いのは「ふるさと」には心を寄せるものがあるからでしょう。
 
 ふるさとや障子にしみて繭の尿  阿波野青畝
 つまだちて見るふるさとは喜雨の中 加藤楸邨
 おけら鳴く夜をふるさとにある心 原 石鼎
 夕蝉のふるさとに着く俥かな   原田濱人
 ふるさとに防風摘みに来し吾ぞ  高浜虚子
 ふるさとに近づく心末枯るる   高野素十
 ふるさとの沼の匂ひや蛇苺    水原秋桜子
 ふるさとや馬追鳴ける風の中   同上
 一世はふるさと讃へ秋讃へ    星野立子
 ふるさとと言へるものなし春の雪 川田さちえ

等々数え上げたら切がない。名立たる俳人にとっても、ふるさとは又格別の意味があるからでしょう。
幼少時代の「ふるさと」と今のそれとは随分違って、ふるさとは遠くなったと言うのが実感です。でも何かにつけて思い出すのが、ふるさとの風景であり、その中に溶け込んでいる父母や恩師の姿であり、小学唱歌にあったふるさとです。

投稿: Alps | 2006年8月13日 (日) 18時33分

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