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2006年8月22日 (火)

企業体質

偶々、変人キャズさんの記事を覗いたら、「感度の有無(6) O鉄・バス」があった。私にも似通った経験が在るので、参考に書いてみる。

8月12日靜岡へ行った。靜岡と言っても殆ど清水に近い場所だった。そこで会合が終って静岡駅行きのS鉄バスを待っていた。20分位待って漸くバスが来た。私たちのグループに80歳を越したTさんという女性がいた。生来の弱視の上、足が不自由なので杖を何時も突いていたし、女性の誰かが何時も付き添っていた。

午後6時頃だったろうかバスは割合空いていた。同行の内二人が先ず乗り、Tさんが乗ろうとした時に何かに躓いて倒れた。傍に居た人達も手伝ってTさんを助けて乗せようと多少手間取った。
その時運転手がドアを閉めた。
私は驚いてバスの窓を叩いてまだ乗車していない客のある事を声高に告げた。ドアが再び開けられ漸く乗車し、全員腰掛けられて静岡駅まで行った。幸いTさんは怪我もなくてほっとした。
運転手は乗車口に乗り残し客が居ないことを確認してドアを閉めるのが当然だし、安全運転の為の必須条件である筈だ。その上にバックミラーを見ていて、人の倒れたのが判った筈だ。普通だったら、「お怪我はなかったですか」くらいの事を言っても当然だ。それだけでなく、乗客の一人がバスが別の停留所で停車し動き出そうとした時、お札を硬貨に交換していたら「動いている時に立たないで」と車中に聞えるような声で怒鳴った。サービス精神のかけらも感じなかった。

何度かこのS鉄バスには乗っているが、今回の運転手に限らず、全員とは言わないにしても、このバスの運転手のマナーの悪さは他地方から来ると極めて異常に感じる。城下町だからもっとしっくりした雰囲気があっても良さそうだし、元々はサービス業であることを忘れているのではないか。

このような運転手を雇っている企業の体質を垣間見る感じがする。

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コメント

昔は、バスの運転手は、大型二種免許所持者として、本人はプライドを持ち、他者からは技術だけでなく、人格的にも信用されていた。
何時の頃からか、技能の伝承とか、欣持とかは蔭を潜め、企業は株主の金儲けの為の存在と理解されるようになった。
一体、何が悪かったのだろう。

投稿: 佐久間象川 | 2006年8月22日 (火) 16時56分

コメント有難う御座います。
昔の経営者には夢があった、理想があった。地元の卑近な例をとっても、ヤマハの川上源一氏、本田技研の本田宗一郎氏、聖隷財団の長谷川保氏等々。
このような商品を作れば顧客に喜んで貰えるだろうとか、こんなサービスをすれば皆を幸せに出来るだろうとか、視線は常に顧客の方に向けられていた。従業員もまたプライドを持っていた。
今経営者は利益追求型に変っている。夢が感じられない。経営だから利益を上げなければ成り立たないのはわかっている。しかし1950年代にドラッカーも言っている様に「事業とは顧客の創造にある」という原点が忘れられている。そのような姿勢は又敏感に従業員に反映する。そのような結果がこのような事態を生んでいるのではないだろうか。

投稿: Alps | 2006年8月23日 (水) 21時34分

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