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2006年7月20日 (木)

春夏秋冬

日本は比較的、春夏秋冬の節目がはっきりとしている。

1979年5月15日から約1ヶ月間、ヨーロッパへ出張した事がある。出張に先立ってハムブルグ支店に気候を問い合わせた所、4月末までは時々霙が降っていたし今も寒いと言う。それを聞いて下着を少し余分に準備し、レインコートも着て出かけた。ハムブルグへ着いて見たら成る程寒かった。準備してよかったなと思った。

ケルンで開催中のインターツーム(家具の部材・部品展)や家具メーカーを見学し、デュッセルドルフ・シュタットガルト・チューリッヒ等を経由してハノーバーに移動したのは22日頃だったと思う。
それからリグナ・ハノーバーメッセ(木材・木工加工用機械を主体とする見本市)を3,4日見学し、続いて又大手の家具メーカーを始め企業訪問をしたが、27・8日頃から急に暑くなってきた。
道路工事をしている人は、上半身裸で働いている。その傍を毛皮のコートを纏ったご婦人が通るといった、夏と冬が同居しているような奇妙な風景にも出会った。矢張り異国に居るんだなの感慨に浸ったものだ。そしてヨーロッパは春が殆どなくて、いきなり夏になるのかなと思った。当時はバスにクーラーもなく暑かった(ヨーロッパの1,2,3月と8,9月はそれまでにも経験している)。
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写真は、コペンハーゲンの企業を訪問時、ホテルの窓から同市を望んだもの。

そんな経験から、日本は春夏秋冬がはっきりとしている事を実感した。一般に季感を大切にする俳句が日本で確立し、最近益々盛んになってきているのも頷けるというものである。
ところが最近、何かこの季節の変わり目が従来と違ってきているように思う。今年などは春が極端に短く、夏に入ってしまった感がある。長野の方では最近は杏と桜が同時に咲くという。気象学者にその辺の事情を伺って見たいものと思う。

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2006年7月18日 (火)

良い子は此処で遊ばない

過日、岡崎を訪問した時、ご案内して下さった方から、「昔はこの辺は『良い子は此処で遊んでる』と言われた。ところが今は『良い子は此処で遊ばない』と言って、遊ばせない。堀があったり、石垣があったりで危険だからと言うのが理由らしいが、世の中も、我々の小さい時と変ったものですね」という話を聞いた。
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この辺がそんなに危険なのだろうか。この辺で兵隊ごっこか、隠れんぼか、陣取り合戦か、兎に角昔の子はこの辺を遊び場にして走り回っていたに違いない。

隠れんぼ、陣取り合戦、兵隊ごっこ、ちゃんばらごっこ、缶蹴り、糸電話、足じゃんけん、棒倒し、石蹴り、下駄飛ばし、水鉄砲、福笑い、蝉取り、綾取り、輪投げ、等々外で遊んだ昔の子供の世界は今は見られなくなった。昔の子は貧しかった(今から考えると)が、別に貧しいとそれほど感じていたわけではないように思う。集団で遊び其の中で、長幼の序も、社会正義のあり方も学びながら逞しく育っていたように思う。

生活様式も、家族制度も変り、昔に比べたらよほど恵まれた生活の中にあって、今更昔の生活に戻る事は出来ないが、小役人が頭の中で考える教育のあり方より、昔のあり方をもう一度考え直す必要はないか。海外援助なども自分の尺度も必要だが、相手が其の生活をどのように受け止めているかを知ることが大切な事ではないか。

岡崎の天守を仰ぎ、話を聞きながら、そんな事を考えていた。

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2006年7月15日 (土)

ジャカランダ

ジャカランダの花が少し遅いが咲いていると聞いて、浜松市の鴨江幼稚園へ行って見た。もう幾らも残っていないが確かに咲いていた。園長さんの話に依ると6月20日頃からが見頃で来年はお電話下されば、見頃に就いてご案内しますと言って下さった。同園の写真からジャカランダの花を引用させて頂く。
Jacaranda1 Jacaranda2

ジャカランダの花は、別名キリモドキ(桐擬き)と言って、桐の花に似ている。聞くところに依ると、移民として南米に渡った日本人が,キリの花に似ていることから「桐擬き」と呼んで愛した花だそうである。ハワイにも沢山あるが、ハワイでは日系人が日本の桜を偲んで,「ハワイ桜」や「紫の桜」と呼んでいると言う。

特にジャカランダに惹かれるのは、Y社が2000年頃まで作っていたシステム家具の化粧材等に使われており、主としてインドネシアから輸入していた。だから化粧材としてのジャカランダは知っているが、その花にお目にかかった事がない。ハワイへも丁度咲く時期とは違った時に行っているので、実物にはお目にかかっていない(ハワイの友からの写真で見るくらいだった)。今度同園に僅かに残ってはいたものの、実物の花にお目にかかって感動した。
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美しい。確かに桐の花に似ている。何か今頃になって昔の恋人に会った気がした。

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2006年7月 4日 (火)

岡崎きらり

郷土史研究会の現地研修として、於大の方・家康・築山御前・信康の足跡を辿って岡崎を訪れた。

岡崎城周辺を見て此処まで歴史を大切に保存しているかと、地元の人たちに敬意を表したい。偶々旧国鉄の通過に反対した為に、取り残されたことも一因でもあろうが、それ以上に地元の人たちの史跡保存の熱意があったればこそと思う。

話は脇道に逸れるが、NHK朝ドラ「純情きらり」の舞台にもなっている、岡崎八丁味噌の「山長」(実際のロケは八丁味噌「角久」で行われた)他のロケ地も見た。Miso_1
Miso_2_1  

  





左の写真は、現在の八丁味噌の蔵元である「角久」の味噌倉の写真で、右はロケ風景の写真である(写真をクリックすると拡大します)。現在との違いの主たる所は、樽の箍(たが)を昔風に変更している事と、土台の部分を昔風に一面の板張りにしたこと位。味噌倉の見学は、良く訓練された女性のガイドで楽しかった。又、有森桜子(宮崎あおい)と、松井達彦(福士誠治)のデートの場は岡崎城の外廻りの一角で下の写真がそのロケ地だそうである。
Okazaki  
閑話休題。
岡崎城の周辺には、深い空堀又は水堀があり、その姿がそのまま残されているのが素晴らしい。矢張り地元の史跡保存にかける情熱の一端を知った思いがする。現地では、岡崎の歴史に詳しい市橋章男氏ご夫妻が、ボランティアでご案内頂いた。
Okazakijyou_1
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岡崎城最古の「晴海堀」は岡崎城が砦であった頃に造られた堀で鬱蒼とした樹木に覆われている。昼尚暗い堀がそのまま残されているのを見て、つくづく羨ましく思った。
そう言えば、例えば大樹寺(徳川家九代の墓があり、徳川家の菩提寺)の楼門に立ってみると、楼門と、其の前方に建っている総門の二つの通路を通して、遥か前方に岡崎城の天守閣が望見出来る。その間には建物を建てることが規制されている為にそのような景観を保持しているそうである。

広大な岡崎城公園の歴史探訪の後、八柱神社(築山御前の首塚)、大泉寺(於大の方の墓所)、総持(尼)寺(築山御前が居住していた寺)、築山稲荷、祐伝寺(築山御前と殉死した侍女二人の墓所)、若宮八幡(信康の首塚)そして大樹寺の見学と、岡崎城郭籠田総門から旧東海道を散策した。旧東海道には今も梲(うだつ)を上げる商家が建っている。

特に祐伝寺の三人の墓を見て、築山御前は冤罪を受けたまま亡くなったのではないかと、しみじみ思い、歴史の叙述と異なる想いを深く抱いて帰浜した。 

                       

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