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2006年5月 7日 (日)

浜松祭

今年は、浜松祭りの開催期間(5月3日~5日)中、好天に恵まれ延べ188万人が凧揚げ、御殿屋台の引き回しに繰り出した。

浜松で初の男子が生まれると其の成長を祝って、其の子の名前を入れた凧(初子凧と呼ぶ)を揚げるのが恒例となっている。最近では少子化の影響もあって初の女子でも揚げるようになった。浜松に嫁いだ娘に男の子が生まれた20年前、私も駆けつけて一緒に祝ってやった。それ以来凧揚げ会場に行く事も なかったが、今年は或る事情もあって20年ぶりに凧揚げを見てきた。

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会場は日本三大砂丘の一つに挙げられている中田島砂丘の一角で、遠州灘の風をまともに受ける好位置とあって、今年は170町の参加となった。去年の7月に新に合併した市町村からの初参加はなかったと言う。

Iwaitaiko 祝い太鼓の鳴り響く中を各町から繰り出してくる。

浜松まつり会館の説明に依ると、 「浜松まつりの代名詞ともなっている「凧合戦」は、大空を勇壮に乱舞する浜松市内各町自慢の大凧を使って、糸の摩擦で相手の凧糸を切り、勝敗を競う。空中で凧糸が絡みあうと、合戦が始まる。相手凧に勝つためには、糸先(組長)の合図によって行われる転機(滑車)の操作や、この時の強いチームワークがポイントとなり、各町組員の団結力が勝敗のいかんを左右する。そして、凧合戦の熱気あふれるムードをさらに盛りあげるのが、高らかに鳴る進軍ラッパだ。この音によって、若衆たちの血は一層たぎり、合戦はますます白熱化する。凧合戦の勝敗を握る凧糸は、摩擦に強く、しかも丈夫な物が要求される。浜松の凧糸は、撚が強く、激しい合戦にも耐えられる強度を誇っているが、切れた場合に継ぎやすいように工夫がこらされている。」  とあるが、最近ではこの合戦は最後の日に限って行われるようになった。以前この種の行事に、つき物の喧嘩が多かったが、最近では厳しく規制が敷かれてこの種の行為は全くなくなった。凧糸は各町が同条件になるように、祭り会館から支給される正式の糸しか使えない。

写真は凧揚げ会場風景と、切り結ぶ凧糸の状況。

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「夕暮れとともに、祭りの舞台は市内中心部へと移り、御殿屋台の引きまわしが始まる。御殿屋台は、明治後期、凧揚げ会場へ弁当や湯茶を運んだ大八車に、凧を積んだのが始まりといわれている。やがて大正期になると、造花や提灯を飾りつけお囃子連中が中に入って歩きながら演奏をした”底抜け屋台”が作られ、昭和3年に初めて唐破風様式を取り入れ彫刻も随所に施した”御殿屋台”が登場した。年々屋台は豪華なものとなり、道中を一段と賑やかにし、伝統の祭りは一層華やかさを増して市民や観光客の目を楽しませている。大正中期には昼は凧あげ、夜は屋台引きまわしとそれぞれ独立した。」Yatai  因みに今年新調の和田町の屋台は1億円かかったという。

今年、久しぶりに凧揚げ風景を見て、従来「やる方は楽しいが、見るほうはそれほどでもない」と思っていた事は、どうやら違っていたようだと思った。町中が楽しんでいるし、整然と統制の取れた行動、役割分担は見事だ。年配者が若いものを指導し、若者はよく其の指示に従っているのを見ると、気持ちがよい。それにこの祭りは矢張り絵になる。凧揚げも御殿屋台も。ただ豪華さの行き過ぎにならないことを願う。

伝統的な行事には必ず歴史が絡む。それだけに大切にしなければならないとの想いもあった。

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