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2006年5月 1日 (月)

北国街道 海野宿

旅籠養蚕の面影を残す海野宿を歩く。天気は花曇でGW直前とあって、訪問する人もまばらで、其の分ゆっくりと散策できた。近くの千曲川の堤防の桜は満開だった。

この前来た時は、「小県(ちいさがた)郡東部町」だったが、今度来た時は「東御(とうみ)市本海野」になっていた。なんだか馴染みの無い地名に些かがっかりする。平成の大合併で日本中で、7年前に3232あった市町村が現在は1820にまで減り、町は1994から844に、村は568から197になったという。それに伴って地名の変更が行われたが、地名には歴史が刻まれているだけに、安易な地名変更は歴史の影まで払拭してしまう。そんな例が多いのが気がかりだ。

北国街道海野宿は、信州小諸と上田の中間に位置し、浅間を背に千曲川の邉にひっそりと佇んでいる。東西650㍍の細長い宿場町の東端の駐車場に車を置き、東部枡形の白鳥神社にお参りしてから宿場に足を運ぶ。
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重要伝統的建造物群保存地区」に指定されているこの旧宿場町の街道の、ほぼ真ん中を用水が流れている。各戸には石の橋が渡され、橋に並んで一段下がって流れに近い洗い場を設け、水を使い易く工夫されている。宿場時代の建物は多くが、旅籠屋で出梁造りや海野格子と呼ばれる二階の出格子が今も美しい佇まいを見せてくれる。

Unnosyuku_7_1 建物には卯建(うだつ、梲とも書く)が張り出し、隣家から火が燃え移るのを防いでいる。

左の写真の上は、本卯建を、下は袖卯建を示す。

卯建は防火壁というより家の格式を示す意味が強く一種の装飾として作られた。

Unnosyuku_8 「うだつが上がる」などという語は此処から出ている。日本にも各地に卯建が見られるが、兎に角此処の卯建は美しい。

明治になってから宿場町は養蚕業で発展するようになる。

下の写真に見られるように、屋根の上に気抜きと称する小屋根を設け、下から紐で開閉出来る板戸を設け、室内温度を調節し養蚕に適する構造となった。

格子の美しさと気抜きが調和していて景観を保っている。

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Unnosyuku_3_1  宿場のあちこちにあるマンホールの蓋も宿場の模様を良く表現している。

各地のマンホールの蓋にはその土地の特色が良く出ているのでそれらを見るのも楽しみの一つだ。

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海野氏の出自には諸説があるが、時代は変り、やがて真田氏の登場となり、店の入口には六文銭の旗印が眼に付く。

宿場の一角に一茶の句碑が建っている。

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「夕過乃臼の谺の寒哉  一茶」

歩き疲れて入った蕎麦屋の番頭さんの宿場の説明が気に入った。お陰で蕎麦の味が一段と増したように思った。

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コメント

 海野宿 楽しく拝見。先日折角伊那大平宿を教えていただいたのに、いけませんでした。
 雨もふり宿でゆっくりして、戻りますが次の日大平峠を越えてとおもつたのですが、次の朝水芭蕉見学のバスが出ることを知り、それを優先させ水芭蕉をみてきました。 山にガスがかかり、すこし寒かったですが。
次には海野宿・大平宿見に行きたいとですね。
 大平宿の写真で、路に車の写つているのがありますが、昔からこんな広い道幅だつたのですか、
 このように街が残っているのも、住んでいる方たちの、故郷を愛する気持ちの現われなんでしょうね。かけがえないものですね。
 日本橋の上に、地上権や土地買収の手がかからないと、川の上に高速を通し、今頃になつて高速を移転?させ、日本橋を表面になんていい出し、
建築業者を儲けさすことを考える。蛇行していた川を洪水防止のためと直線にしたものを、今又それをもとの蛇行させる工事を計画するとか。
 なにか人間の傲慢さか゛なせる業のように思えてなりません。 人間は滅亡に向かっているんでしょうかね。
 

投稿: 尚童 | 2006年5月 5日 (金) 19時31分

大平宿を見られなかったのは残念ですが、其処は季節を問はないが、水芭蕉は其の季節を逃したら見られないので、そのコースを選んだのは正解でしょう。
海野宿の道は真ん中に用水が流れており、写真の車が写っている通りは結構狭い道路です。
この宿場町を保存しようと言う発想と其の実現と、それに伴う維持努力を考えると、其の地に住み、其の地を愛している人々に敬意を表したくなります。
目先の便利さのみを追って、歴史も景観も考えない発想とは大違いです。パリを始めヨーロッパ諸国を見ても、ものの見方、考え方の相違を痛感します。

投稿: Alps | 2006年5月 6日 (土) 07時56分

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東大名誉教授の海野和三郎先生から、少し前に頂いたメールをご紹介する。 先生は、自身のご先祖の地、海野宿に、現在は海野姓の家が一軒も無くなっていると、かねがね歎いて居られたのでも分かる通り、海野宿には深い愛着を持っていらっしゃる。 その海野先生の高校の一年先輩で、高校時代に学生寮の総務をした小山正邦先輩(全国味噌会社連盟の会長、小諸市)から、先日お手紙を受取って、其処には、驚くような事が書かれていた、という。 海野... [続きを読む]

受信: 2006年5月 1日 (月) 23時17分

» 社会的忘却のメカニズム(2) [変人キャズ]
前回の記事、社会的忘却のメカニズム(1)、で、      --------------------------------------- ①各地で、歴史的に含蓄の有る地名が、全く安っぽい語感の町名に変更されている例が非常に多い。 ②景観もそうで、昔の歴史や絵画に残る美観が、無神経な高速道路の建設で、滅茶苦茶に破壊された。 ③昔は、皆が知っていた、情緒豊かな童謡、小学唱歌は、忘れ去られた。 ④文化遺産の存在も知らないのだから、それを創った人の名前等、忘れられている。 ⑤水俣病に始...... [続きを読む]

受信: 2006年5月 8日 (月) 03時46分

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