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2006年4月12日 (水)

奥の細道むすびの地、大垣

4月7日同好の士と共に、芭蕉翁「奥の細道むすびの地」大垣を訪問した。「奥の細道」序文は、

「月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也。舟の上に生涯 をうかべ、馬の口とらえて老をむ かふる物は日〃旅にして旅を栖とす。 古人も多く旅に死せるあり。 予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、海濱にさすらへ去年の秋江上の
破屋に蜘の古巣をはらひてやゝ年も暮、春立る霞の空に白川の関こえんと、そゞろ神の
物につきて心をくるはせ、道祖神のまね きにあひて、取もの手につかず、云々」という名文から始まる。

「奥の細道Wikipedia」ではその旅立ちと、むすびの地大垣に就いて、

旅立ち

元禄2年春 芭蕉は旅立ちの準備をすすめ、隅田川のほとりにあった芭蕉庵を引き払う:

  • 草の戸も 住み替はる代(よ)ぞ ひなの家

3月27日 明け方舟に乗って出立し、千住で船を下りて詠む:

  • 矢立の初め
    • 行く春や 鳥啼(なき)魚の目は泪

大垣

8月21日頃、大垣に到着。門人たちが集い労わる。
9月6日 芭蕉は「伊勢の遷宮をおがまんと、また船に乗り」出発する:

  • 結びの句
    • 蛤(はまぐり)の ふたみにわかれ行く 秋ぞ

と、述べている。

大垣には、「ミニ奥の細道」として、奥の細道全行程約2400Kmを、愛宕神社(錦町)からむすびの地(船町)までの約2.2Kmを、奥の細道に見立てて「奥の細道」で芭蕉が詠んだ句から代表的な20句を選んで、水門川に沿って句碑が建てられている。写真はそのむすびの地である船町港跡に建てられている句碑で、手前は「蛤のふたみに別行秋そ(芭蕉)」で左奥は「惜ひひげ剃たり窓に夏木立(木因)」。

Kuhi_1

付近には川燈台があり往時、大垣・桑名間には蒸気船が周航していた。川燈台はその夜間の目印として建てられたもの。

Kawatoudai_1

Taraibune_2   水門川の両岸は今、桜の真っ最中で名物の盥舟を浮かべて旅情を楽しんでいる風景も散見される。

川底には水草が生い茂り、川の流れに従って緑の帯をなびかせていた。

Hasisakura

川には多くの橋が架けられていて、それが皆異なった形と色彩で美しい。

橋の欄干に擬宝珠が取り付けられているのも特徴の一つ。

Denwa 玉子屋本店で昼食を摂る。朝食が早かったのも手伝って美味しい昼食だった。

階段の途中に昔懐かしい電話機があった。手にとってハンドルを回してみたら手応えがあったから、ひょっとしたらまだ使えるものかも。

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コメント

奥の細道結びの地、大垣を訪問して、柄にも無くそのかみのことに想いを馳せながら、大垣駅で浜松行き直通の快速列車を待っていた。

列車が入ってきたら、私たちの並んでいる列のはるか後ろに居た数人の男女がいきなり並んでいた私たちを押しのけて、一番先に乗り込んでしまった。

大垣始発であるからそんなことまでして乗ることはないのに。彼らが何処で降りたかは気付かなかった。

投稿: Alps | 2006年4月22日 (土) 11時48分

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